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ちょうどバイトがなく胡桃が母親よりも前に帰ってくると小田嶋はアパートで缶チューハイを飲んでいた。
「胡桃ちゃん、プレゼントだよ」
胡桃が何も言わずにいると小田嶋は小さな紙袋を手渡した。
「いいです!」
小田嶋が強引に渡そうとすると胡桃は両手を固く組んで拒んだ。
「開けてみてよ」
断ったところでどうしようもないと思った胡桃は仕方なく紙袋を受け取った。その中に紫色のシュシュが入っていた。
「胡桃ちゃんに似合うと思ってさ。つけてみてよ」
「嫌です」
「分かったよ。じゃあ、オレがつけてあげるよ」
小田嶋はそっと胡桃の手を掴もうとする。
「分かりました。自分でします」
胡桃がシュシュをつけると小田嶋は大きく拍手をした。乾いた音が天井から跳ね返ってきた。
「やっぱ、似合うと思ってたんだ」
小田嶋はなめ回すように、胡桃のうなじの辺りを凝視した。寒気がして、胡桃は肩を竦ませた。どんなに睨みつけても、小田嶋は目が合ったことを喜んでいるようだった。
「そうだ。胡桃ちゃん、このことはママに言っちゃダメだよ。S女に通って、勉強のできる胡桃ちゃんには分かるよね」
その目は発情期の肉食獣のように獰猛だった。
胡桃は小田嶋が帰った後でシュシュをゴミ箱に捨てた。身につけているだけで自分の体が汚されていくような気分だった。
その日は小田嶋と入れ替わりに母親が帰ってきた。「悟くん、悟くん」と小田嶋の名を呼び、いないと分かると酒を飲んだ。
胡桃はソファに座る母親の前に座った。
「あの人、やめた方がいい」
「胡桃には関係ないことでしょ」
母親は胡桃の目を見ようとしなかった。
「ねえ」
どう見ても、あの人は嫌らしいことを考えている。胡桃は意を決して小田嶋のことを話した。少しでも母親の考えが変わることを祈って。
「悟くんが胡桃に気があるだなんて思ってるの? バカじゃない。悟くんは胡桃じゃなくてママのことが好きなの。ああ見えて悟くんはパパみたいに浮気とかしないから。一途だから」
「そういうことじゃない。嫌らしい目で見てたの」
母親はテレビをつけて、ザッピングを何度か繰り返した。
「ほんと気持ち悪い目で」
「自意識過剰。ただシュシュをくれただけじゃない。いいわね。わたしもシュシュくらい欲しいなあ」
胡桃は小田嶋のような男に縋る母親を恨めしく思った。ただお金を吸い尽くされているだけなのだが。
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