第二章 模倣

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 胡桃が起きるよりも前に母親が起きていた。漫然とテレビを見ているだけだった。そんな母親に「弁当をつくって」とは言えなかった。  胡桃は食パン二枚という簡単な朝食を済ませるとリュックに必要な教科書や問題集を入れた。 「これなに?」  母親はリュックについているネズミの人形を睨んだ。胡桃は慌てて手で人形を隠し、母親の前に立った。 「まだこんなの持ってたの? 胡桃、パパのことは忘れようね」  胡桃の手を掴むと母親は外側に引っ張り出し、人形をリュックからもぎ取った。ネズミの首から下の部分がすぽっと抜けた。まるで出血でもしているかのように首から綿が飛び出ている。母親は叩きつけるように人形をゴミ箱に捨てた。 「なんでそんなことするの?」 「胡桃がパパのことを思い出させるから」  離婚から一年以上も経っているのだが、母親の傷は癒えていないようだった。  学校から帰った後で胡桃はゴミ箱から人形を取り出した。運がいいことに誰もいなかった。  幼いとき父親がゲームセンターで胡桃のために手に入れてくれたものだ。萌香や周りの友達が「ダサい」と言っても、胡桃はお気に入りのバックやリュックにネズミの人形をつけていた。  胡桃はゴミ箱から人形を取り出し、拙いながらも裁縫道具を使って頭とその下の部分を縫合した。糸だけでつながっている人形はどこか痛々しかった。  お父さんがいたら、こんなことになっていなかったはずなのに。どうして、浮気なんかしたんだろう。胡桃は大好きな父親に怒りを覚えた。  胡桃は「助けて」と言いながら、母親に見つからないように勉強机の中に隠した。
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