第二章 模倣

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 あれから数日が経ったが、脚の多いムカデが首筋を這っているようだった。気味が悪くて仕方がなかった。  心配そうに萌香が胡桃の首元を見つめていた。 「さっきからどうしたの? 首になんかついてるの?」 「いや、別に。ちょっと痒いの。虫にでも刺されたのかな?」  萌香に言われて気づいたが、無意識のうちに胡桃は皮膚を這うムカデを手で追い払おうとしていた。 「やっぱり、最近、変だよ」 「なんて言えばいいのかな」  胡桃はあの日の出来事を話そうとしたが、教室であの悍ましい出来事を話す気にはなれなかった。 「ごめん。何でもない。心配してくれてありがとう」 「ならいいんだけど」  暗い雰囲気を変えようと胡桃は教室に入ってきた礼愛に「おはよう」と声をかけた。いつもの礼愛であれば、大きな声で返事をくれるものだが、今日は小さく頷くだけだった。  礼愛は青ざめたまま無言で席に座った。その沈痛な面持ちから胡桃は礼愛にただならぬ出来事が起こったことを察した。 「チャッピーが」 「チャッピーがどうしたの?」  薄氷を踏むように二人は尋ねた。 「朝起きて、小屋に行ったら」 「小屋に行ったら?」 「冷たくなってたの」  礼愛はチャッピーを抱きかかえるように両手を二人の前に出した。 「どういうこと?」  胡桃は数日前に出会ったチャッピーの元気な様子を思い出した。 「分からない。分からない。分からない。こないだまで元気だったのに」  礼愛が珍しく取り乱している。胡桃はどんな言葉をかけていいのか分からなかった。流石に犬嫌いの萌香も俯いていた。  礼愛は肘を机の上にのせて、首を少しだけ曲げた。 「中学生のときからずっと一緒だったの。私の大切な友達」  涙を流す礼愛に胡桃はハンカチを渡した。 「なんか変な気がする。胡桃もそう思わない?」  萌香は考え事をしているのか、腕を組んでいた。 「めっちゃチャッピー、元気だったよね。いきなりこんなことになるのかな」 「不思議だなあとは思うけど」  礼愛は胡桃のハンカチを強く握りながら、泣いている姿を周囲の生徒に見せないようにしていた。  野口が教室に入ってくると萌香は異物を見るような目つきで見下した。いつになく野口はオロオロしている。 「礼愛ちゃんの家、あの子も知ってるんだよね?」  萌香は胡桃に向かってぼそっと呟いた。
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