第一章 波紋

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 バイトから帰り、僕はパソコンを開いた。何も思いつかない。このままではもう終わりだ。字が書かれていないワードを見ていると不安に襲われる。どうして、以前のように書くことができないのだろう。  一年前、僕は草ヶ谷幽平というペンネームでとある新人賞で大賞をもらい、『妖魔が住む村』というホラー小説を世に出すことができた。運がいいことに『妖魔が住む村』が割と注目を浴びたこともあって、二作目を書くことになった。  小説家が生き残るかどうかは二作目を書くことができるかどうかにかかっていると聞いたことがあるが、本当にその通りである。  アイディアを捻りだそうとすればするほど店長の嫌味が頭の中でリピートされる。僕は明日のシフトを入れたことを後悔した。  集中力がなくなり、意味もなく僕はスマホをいじっていた。  僕は本名ではなく、草ヶ谷幽平としてTwitterをしている。つぶやきを上から順に読んでいるとひなまつりというアカウントからDMが来ていた。「新作はまだですか?」とある。僕は「今、書いてるんだけど、うまくいかない」と返信した。  僕は『妖魔が住む村』を出版する前に、小説投稿サイトに作品を上げていた。ひなまつりはそのときから熱心に小説を読んでいる数少ないファンだ。『妖魔が住む村』を読んだ後にわざわざ長文の感想をDMで送ってくれたこともある。  小説以外のことが話題に上がったことがなく、僕はひなまつりが何者なのか分からなかった。ひなまつりと名乗るくらいだから、女性だと思っているが、男性の可能性だって否定できない。  返事を待っている間、あまり良くないことだと知りながら、僕はひなまつりのつぶやきを読んでいた。「疲れた」や「勉強、怠い」といったつぶやきに「ゴミ親、死ね」や「殺してやる」という過激なつぶやきが混じっていた。僕はそっと見なかったことにした。  ひなまつりのプロフィール欄には「ナオちゃんのファン」とだけ記してあった。アイドルの名前なのかもしれないが、僕にはナオが誰だか分からなかった。アイコンには可愛らしい雛人形のイラストを使っていた。  ひなまつりから「草ヶ谷先生だったら、面白いの書けますよ」と返ってきた。親に対して「死ね」とつぶやく人の返事には見えなかった。何か悩みを抱えているのかもしれない。けれども、僕は詮索するつもりなどなかった。  僕は藁にも縋るような思いでひなまつりに「何を題材に書いたらいいかさえ分からない」と送った。  少し間があったが、「ずっと先生の作品を読んでいて思ったのですが、先生は人を殺すシーンを書くのが上手なので、殺人鬼とかサイコパスの話はどうですか?」と返ってきた。  思わず、僕は「なるほど」と声に出した。「それで書いてみるよ」と返信した。ホラーをずっと書いてきたこともあり、殺人鬼の話を書くのも悪くないと思った。けれども、どこか悪い予感がした。
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