第二章 模倣

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 数学や英語のテストが返却された。胡桃の成績は可もなく不可もなくといった具合だった。隣にいる礼愛は顔に出さないまでも、高得点なのだと胡桃は思った。萌香は机に顔を伏せていた。 「赤点だー。まあいいやもう」 「次は頑張らないと」  胡桃はガッツポーズをした。 「こないだ、ちゃんと教えたのに」  礼愛はぼそっと小言を言った。 「もうテストの話はやめようよ。それより、面談の日程、おかしいでしょ」  萌香は教室の右側に掲示されている面談の日程表に対して文句を言っていた。 「胡桃、礼愛ちゃん、梓ちゃんの順なんだよ。これって、坂上先生のお気に入り順だと思うんだ。わたしなんて真ん中くらいだよ」 「じゃあ、野口さんは?」  胡桃は野口に聞こえないように小さな声で言った。 「同じく真ん中くらい。わたしの方がちょっと先だけどね」 「坂上先生がそんなことするわけないでしょ。萌香の妄想だって」 「だったら、普通に出席番号順でよくない?」  萌香は延々と同じことを繰り返した。  どうして自分が最初なのだろう。テニス部の梓ちゃんが先でもいいのに。ふと胡桃は前に座っている梓に目が行った。  梓のそばにいる生徒が「大丈夫?」と声をかけている。梓は背中を丸めて、辛そうにしている。具合でも悪いのだろうか。取り立てて仲が良いわけではない胡桃はそれ以上のことを考えなかった。  それから数日ほど経って、面談の日になった。胡桃は坂上が待っている理科準備室に入った。  担任とはいえ、坂上を間近で見るのは初めてだった。顔にニキビ跡があるが、若々しくて頼もしい顔つきである。  坂上と胡桃は一通りテストや文理選択について話し合った。男性と二人きりで話すのは久々だったが、次第に緊張がほぐれた。 「二十分ってあっという間だね。最後に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」  胡桃は少しだけ身構えたが、小さく頷いた。 「最近の胡桃さん、授業中、眠そうにしているよね? もしかして、夜、眠れないとか夜更かししているのかな?」 「すみません」 「怒っているわけじゃないんだ。何か不安なことや心配なことがあったら、遠慮なく教えて欲しいんだ」  一瞬、胡桃は小田嶋のことを相談しようと思ったが、男性の坂上に対してどのように説明していいのか分からなかった。 「大丈夫です。次からちゃんとしますから」  胡桃は明るく言い切って、その場を収めようとした。 「何かあったら、いつでも相談に乗るよ」  面談を終えて、胡桃が美術室に行くと野口が待ち構えていた。 「胡桃さーん、先生と何を話したの?」  ぼそぼそ話す野口にしては大きな声だった。 「テストの結果とか」 「それだけ? もっとないの?」 「普通の面談だよ」  野口がしつこく聞いてくるので、胡桃はうんざりしながらイーゼルを立てた。 「いいなあ。ベストスリー。わたしも胡桃さんみたいにぱっちりとした目になりたいし、礼愛さんみたいに頭良くなりたいし、梓さんみたいに美人になりたいなあ」  胡桃はどのように反応するべきか分からなかった。ただ愛想笑いを浮かべ、徐々に距離を取った。
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