第二章 模倣

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 南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。  斎場全体が悲しみに包まれていた。中には涙を流し、項垂れる人もいた。  胡桃の目の前には梓の写真があった。報道によると梓は部活の帰りに道端で急に苦しみ始めたそうだ。そばにいた友人が救急車を呼び、病院に搬送。数時間後、搬送先の病院で息を引き取った。  悲しむ以前に、胡桃は梓が死んだことをどのように受け止めていいのか分からなかった。わたしの方が死んでいたかもしれない。胡桃は自分が生きていることをかえって不思議に感じた。  胡桃のそばに座る萌香や礼愛も手を合わせていた。坂上はハンカチを出して、涙を拭っている。  葬式が終わり、続々とS女の生徒が斎場を後にした。報道陣が群れを為し、一斉にマイクが少女たちに向けられる。  言葉を発することさえままならず、三人は報道陣を避けながら、やっと歩道の方へ出ることができた。  胡桃がほっとしているとスーツ姿の男性二人組が三人の方へ近づいてきた。いがぐり頭の中年男性と短髪の若い男性。カメラやマイクを持っておらず、報道陣には見えなかった。 「すいません。ちょっとだけよろしいですか?」  三人は男たちをかわそうとした。 「すいません。こういう者です」  いがぐり頭の男性は警察手帳を見せ、皆川と名乗った。隣の若い男性も警察手帳を見せ、室伏と名乗った。 「捜査に協力していただけないでしょうか?」  刑事だと分かり、三人は足を止め、軽く自己紹介をした。 「急に驚かせてすいません。梓さんの件で聞きたいことがありましてね。お三方は梓さんのクラスメイトですか?」  三人は軽く頷いた。 「最近の梓さんに何か変わったことはありましたか?」  取り立てて梓と縁がない三人は答えに窮した。 「私たち、そんなに仲がいいわけではなくて」  礼愛がその場を取り持った。 「あっ。具合が悪そうだったかも」  不意に胡桃は梓が教室で苦しそうにしているところを思い出した。 「それはどれくらいの前のことですか?」 「一週間くらい前だったような」  皆川が頷くと室伏も同意するように頷いた。 「やっぱり、そうなんですな。梓さんの友人もそう言ってました。そろそろ報道されると思うんですがね、梓さんが亡くなる直前に飲んだペットボトルに毒物が入っていたんですよ。そのペットボトルは学校内にある自販機で購入されたものでした」  室伏が脇から口を挟んだ。 「つまり、誰かが教室に侵入して毒物を入れた可能性があるってことです」  胡桃は刑事たちが言っていることを信じることができなかった。まるでドラマの脚本を読んでいるような気分だった。 「お三方はここ一週間で怪しい人物を目撃しませんでしたか?」  三人は頭を傾げるだけだった。 「どんな些細なことでもいいです」 「あの子かも」  今まで黙っていた萌香が口を開いた。 「クラスに野口さんという人がいます。その子、わたしたちに嫌がらせをしてくるんです。わたしの靴がなくなったし、突然、礼愛ちゃんの愛犬は亡くなるし。もしかしたら、今回のことも」  室伏が手帳にメモを取り始めた。 「もっと詳しく教えてください」  礼愛はチャッピーについて話し始めた。 「チャッピーっていうチワワを飼っていました。朝、私が犬小屋に行くとチャッピーが冷たくなっていて。でも、なんでこんなことになったのかは」 「後で調べさせてください。もしかしたら、今回の件と関わりがあると思うので。なるほど。野口さんという子が怪しいわけですね」  萌香がまたもや口を開いた。 「今、思い出したんですけど、わたしたちとあの子は同じ中学なんです。中学のときにウサギがいきなり死んじゃうって事件があって。そのときの犯人も野口さんなんです」 「でも、誰が犯人か分からなかったんじゃないの」  胡桃が口を挟んでも、萌香は野口が犯人だと言い張った。 「分かりました。分かりました。ご協力ありがとうございました。また何かお尋ねすることがあると思います。そのときもお願いします」  皆川と室伏は頭を下げると他の生徒にも聞き込みを始めた。  萌香はソワソワしながら、右手の拳を左手にぶつけた。 「もしかして、わたしたち、あの子に殺されるのかな。靴がなくなる。チャッピーが死ぬ、梓ちゃんも死ぬ。エスカレートしている気がしない?」 「大丈夫だって。心配し過ぎだよ。野口さんがそんなことするはずないって」  礼愛が萌香の背中を擦って宥めた。 「何の話してたの?」  三人のそばに野口が立っていた。萌香は「わー」と声を出して、飛び上がった。 「別になんでもないよ~」  胡桃は無理に笑顔をつくってその場を誤魔化した。 「だったら、いいんだけど」  野口は足早に闇夜に溶けていった。胡桃は萌香の言っていることが現実のものになっていくような悪い予感がした。
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