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休日のスターバックスには多くの人が集まっていた。公務員試験の勉強をする学生、絶えることのない悪口に花を咲かせる主婦たち、本を片手にコーヒーを啜る男性。誰も彼も自分の世界に没頭していた。
胡桃はテーブルの上にネズミの人形を置き、父親が来るのを待った。糸で首と胴体がつながっている。家族の絆を表しているようだった。
父親が胡桃のもとに近づいてくる。胡桃が小さく手を挙げると父親はすまなそうに頭を下げた。
「久しぶり」
父親が顔を上げると胡桃はその肌が以前よりもきれいになっていることに気づいた。肌に浮き出ている茶色のシミが薄くなっている。
「胡桃、元気だったか?」
言葉を探るように父親はゆっくり話した。
「元気だったよ」
胡桃はテーブルの上にあるネズミに触れた。
「ねえ、これ覚えてる?」
「なんだっけ?」
父親は困った顔をするだけだった。
「覚えてないの?」
「パパが胡桃にあげたものかな? 思い出せないなあ」
コーヒーを飲んで父親はわざとらしく笑った。胡桃はなんだか切ない気持ちになった。
「大事な話ってなんだ?」
父親は本題に入ろうとした。
「お母さん、パパがいなくなってから、変な人と付き合うようになって。家事もロクにしないし、その人とイチャイチャしてばっかりで」
父親は両手を組んで顎をその上に置いた。
「だからそのー」
「胡桃には悪いが、ママと仲直りはできない」
父親は先回りして言葉を切った。
「だったら、パパのとこに行ってもいい? あのアパートじゃ暮らせない」
胡桃が嫌悪感を露わにすると後ろで勉強していた学生が振り返った。
「それはちょっとなあ」
「なんで?」
胡桃は救いを求めるように父親の手を握った。
「確かに今でも胡桃が娘であることに変わりない。大切に思っている。それでも」
「お願いだから、このままじゃ、わたし、どうなるか分からない」
「パパだってどうにかしたいよ。でも、今のパパには」
父親の眉間に眉が近づく。少なくとも父親が同情の念を抱いていることだけははっきりしていた。
「お母さんの付き合っている人、おかしいの。わたしに、わたしに」
「どうしたんだ?」
胡桃が「イタズラ」という言葉を発しようとしたとき、店内で「どこ、どこ」と幼い大きな声が響いた。それに続いて、「静かにして」と優しい声がした。
父親が少女に向かって手を振った。
「パパ、パパ」
少女の歩くスピードが上がる。父親はその少女の頭を撫でた。幼稚園児くらいの女の子がはち切れんばかりに喜んでいる。
「もうはしゃがないの」
少女の母親と思われる女性は父親のそばに立つと軽くお辞儀をした。
「胡桃にはずっと言わなかったが、パパには新しい家族がいるんだ。また何かあったら、連絡してくれ」
「待って!」
胡桃は家を出るために持ってきたボストンバッグを机の上に置いた。
「勘弁してくれ。電話で相談なら、いつでも乗るから」
父親は飲みかけの紙コップを持つと席を立ち上がり、少女と手をつないで店を後にした。
微笑む父親。優しい母親。その間に立つ子ども。そこには胡桃が求めていた理想の家族があった。もう二度と手に入れることができない望ましい家族の姿があった。
父親が不倫した末に幸せそうに生活していることを胡桃は許すことができなかった。自分は捨てられたのだと思った。
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