32人が本棚に入れています
本棚に追加
ずっとネットで殺人鬼について調べていたが、取り立てて目に止まるような記事は見つからなかった。頭が狂った犯罪者が人を殺めていく話なら、いくらでも存在する。それだけでは何か足りない。何か新しい要素が求められる。
一日中、パソコンの前で唸っているとバイトの時間になった。僕はコンビニのバイトだけではなく、オンラインの家庭教師をしていた。家を出る必要もなく、時給も悪くない。
パソコンで専用のアプリを立ち上げ、胡桃さんが入室するのを待った。今年の四月から胡桃さんに数学を教えている。
胡桃さんは高校一年生で東北のどこかにある女子校に通っているらしい。僕は高校のとき男子校に通っていたこともあって、妙に女子校と聞くと興味が湧く。誰とも付き合ったことはないが、まるで恋人を待ちわびているような気分だった。
「草間先生~」
「今日もお願いします」
画面に胡桃さんが映った。手を振っているので、僕も手を振った。何度か教えているはずなのに、気恥ずかしさを覚える。
深い意味などないのだが、肩が空いた白い服を着ていた。長い黒髪を左耳の上にかけ、白い首が顔を出していた。
彼女の後ろには本棚があり、小説が並んでいた。小説を書いている身としてどこか嬉しかった。
宿題の確認を終えると胡桃さんは「聞いてくださいよ」と言って、一方的に話を始めた。僕は笑顔で頷くだけで、自分の話はしなかった。
「草間先生、またオススメの本を教えてください」
胡桃さんの趣味が読書ということもあって、僕は何冊か本を紹介したことがある。
「そんなに趣味がいい方じゃないよ。それでもいいの?」
「教えてください。割と趣味が似てると思うので」
「夢野久作って知ってる? 『少女地獄』とかいいと思うよ」
「夢野久作? 知らないですけど、読んでみます」
『少女地獄』とは虚言癖の少女、命を狙われている少女、殺人鬼と化した少女がオムニバス形式で登場する小説だ。読んで心がスカっとするような話ではないが、僕はこの作品が好きだった。
「先生は小説とか書かないんですか? こんなにたくさん知っているんだから、書けそうな気がするのに」
「いやいや、書けないよ。僕にそんな才能ないし」
僕は画面の前で力強く手を振った。
何度か草ヶ谷幽平というペンネームで小説を書いていると言いそうになったことはあるが、恥ずかしくてそんなことを言うべきではないと判断した。
一時間の授業を終え、名残惜しさを覚えながら僕は胡桃さんに手を振った。できることなら、もっと胡桃さんと話したかった。
三十分ほど休憩し、次に萌香さんが入室した。萌香さんは胡桃さんの紹介でオンライン家庭教師を始めたらしい。二人は中学、高校とずっと同じクラスで仲が良いと聞く。
萌香さんは胡桃さんと違って手を振るようなことはなかった。僕が「お願いします」と頭を下げるとやっと頭を下げてくれる。「宿題をしてきたかな?」とおどけて話しても、「はい」と言うだけで無駄なことは言わなかった。
可愛いらしいと言えば可愛いらしい顔つきをしているが、胡桃さんと比べると数段劣る。髪を結ってポニーテールをしているが頬骨が出っ張っているせいで、横顔が美しくなかった。それに加えて、一重で目が小さいせいなのか、睨んでいるように見える。
僕が指示を出すと萌香さんが黙々と数学の問題を解き始める。暇になって話しかけようと思ったが、萌香さんの趣味が分からなかった。
「萌香さんと胡桃さんって、どれくらいの付き合いなの?」
胡桃さんから既に聞いていることを萌香さんに尋ねた。
「中学生のときからです」
萌香さんは顔を上げずに答えた。
「二人って同じ美術部なんだっけ?」
「はい」
萌香さんはそれ以上のことを話してくれなかった。僕は何事もなかったかのように黙った。女子校ということもあって、男性と話すのが苦手なのかもしれなかった。
失礼な話だが、胡桃さんと話している方が楽しかった。
最初のコメントを投稿しよう!