第二章 模倣

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 行くあてのない胡桃は駅前の大通りを離れ、秘密基地につながる山道を歩いていた。誰もいない寂しい道だったが、胡桃はかえって落ち着くことができた。  アパートに戻ったところで、また小田嶋が平然と居座るだけだ。父の新しい家族が自分を受け入れてくれる見込みなどない。  なんだか受けるに値しない試練が自分に迫ってくるような心持ちだった。家出のために持ってきたボストンバッグがやけに重く感じられる。  胡桃は秘密基地に入るとイスに座り、ぼんやりとしたまま俯いた。自分が置かれた状況を打開する術が全く分からなかった。  突然、携帯が鳴った。父かもしれないと期待したが、萌香からのメールだった。「英語の宿題ってどこだっけ?」と記されている。胡桃は「セクション5の最初」と返した。  萌香に非があるわけではないが、胡桃は自分のことを気遣って欲しいと思った。  漠然と電話帳を調べていると坂上の電話番号が登録されてあった。胡桃は浜辺屋で坂上にばったり会ったことを思い出した。  坂上は頼もしい顔で「なんかあったら、連絡して」と言っていた。胡桃は一縷の望みにかけた。  親指で丁寧に数字を一つ一つ押していった。一コール。二コール。胡桃は目をつぶって、坂上につながることを願った。 『どなたですか?』  知らない電話を不審がる坂上の低い声が聞こえた。 「先生、助けて」 『胡桃さんですか?』  胡桃だと分かった坂上は驚いたように声を上げた。 「先生、家に帰れなくて」 『どこにいるんですか?』  胡桃は秘密基地の場所を説明した。 「分かりました。今からそこに行くからね。待っててね」  詳しい事情を説明しなくても、駆けつけてくれる坂上に胡桃は一段と好意を覚えた。自分にも救いの手がある。胡桃は携帯を持って、坂上を待っていた。  窓から外を覗いていると秘密基地のそばに赤い車が止まった。坂上は車を降りると窓に向かって手を振った。胡桃は嬉々として秘密基地の外に出た。 「ありがとう。電話をくれて」  坂上は青いYシャツに黒のズボンという出で立ちだった。 「胡桃さんが無事でいてくれてよかった」 「こんなに早く来てくれるとは思いませんでした」 「そりゃ、胡桃さんは僕の生徒だから。なんかかっこつけてごめんね」  ついつい胡桃は笑い出した。 「そんなに面白い?」 「先生って学園ドラマっぽいこと言うんだなって」  胡桃は久しぶりに心の底から笑ったような気がした。  
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