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第三章 捜査
刑事の皆川は休憩コーナーでブラックコーヒーを飲んでいた。そこへ室伏が走り込んできた。
「大変です。S女の女の子がいなくなったそうです」
「いなくなった?」
「胡桃さんって覚えてますか? こないだ葬式のときに聞き込みした」
皆川はすぐにコーヒーを飲み干して、缶をゴミ箱に捨てた。
「もっと詳しく」
室伏は手帳を開いた。胡桃の失踪に至るまでの出来事を整理するとおおよそ次のようになる。
九月二十一日、午前八時十二分、萌香の携帯が鳴る。日曜日ということもあって朝に弱い萌香は電話に出なかった。その電話が公衆電話からかかってきたことが分かっている。
八時十五分、礼愛の携帯が鳴る。礼愛が電話に出ると胡桃が「助けて」と何度も叫んでいた。礼愛が事情を聞こうとすると電話が切れた。その電話も同じく公衆電話からかけられたものだった。
礼愛は胡桃の携帯に何度も電話をかけたが、つながらなかった。礼愛が萌香に電話をかけるが、萌香は出なかった。
十時五分、礼愛は警察に通報。警察は胡桃が何らかの事件に巻き込まれたと判断した。
「例の毒殺事件と関連がありそうですね」
皆川はすぐに答えを出そうとする室伏の態度が嫌いだった。
「何事も決めつけるな! まずは通報してくれた礼愛さんっていう子に聞き込みだな」
二人はパトカーを走らせた。
「お城みたいな家ですね」
室伏は礼愛の家を見て興奮していた。
「行くぞ!」
礼愛は二人を迎えるとリビングに案内し、黒い革でつくられたソファに座らせた。西洋館らしく暖炉も備え付けられている。室伏は部屋中をキョロキョロと見渡していた。
「久々ですな。私のことを覚えていますか?」
皆川が聞き込みを始めると室伏が手帳を取り出した。
「梓さんの葬式のときの」
「ええ、そうです。通報ありがとうございます。早速ですが、胡桃さんから電話が来たときのことを教えてください」
「焦っているようでした。『助けて』と何度も言うだけで、何が起こったのか私には全く分かりませんでした」
「些細なことでいいのですが、何か他に物音は聞こえませんでしたか?」
「何も。本当にすみません。お役に立てなくて」
「では、胡桃さんが行きそうな場所に心当たりはありますか?」
「もしかしたら、秘密基地にいるのかもしれません」
「秘密基地? 男の子っぽいですな。それはどこにあるんです?」
「さあ。私には分かりません。萌香に聞けば、分かると思います。二人の秘密基地なんです」
「なるほど。まずはそこに行ってみましょう」
「刑事さん、最近の胡桃は何か悩んでいたみたいなんです。ずっと暗い顔をしていました。私がちゃんと聞いてあげることができたら、こんなことには。胡桃は無事ですよね」
礼愛は懇願するように二人を見つめた。その目には涙が溜まっている。
「ちゃんと見つけ出しますから」
皆川はきっぱりと宣言した。
「お願いします」
室伏がペンを止めて、下を向いた。
「すいません。どうでもいい質問をしてもいいですか? カーペットが濡れているのはどうしてですか?」
カーペットに小さな茶色のシミができている。
「多分、麦茶をこぼしただけだと思います」
「すいません。ちょっと気になって」
「関係のない話をするな」
皆川は室伏の頭を叩いた。室伏は身を縮めて謝った。
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