第一章 波紋

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 夕方は多くの学生が集まるが、夜のカラカラ亭に並ぶ人はほとんどいない。人混みが苦手な僕にとってありがたいことだった。 「先日はどうも」  辻田さんは僕に対して丁寧に頭を下げた。 「僕みたいな客のことも覚えているんですね。なんか嬉しかったです」 「当たり前じゃないですか。だって、いつもおろしダレの小なんですから。覚えようとしなくても覚えますよ」  辻田さんの性格が悪いはずがない。須藤くんは人を見る目がないと思った。  ビニール袋におろしダレの小を入れて、辻田さんは僕に手渡した。 「いつも来てくれるのは嬉しいんですけど、ちゃんと野菜食べてますか? 食べないと体壊しますよ」 「あまり食べてないですね」 「よかったら、どうですか?」  辻田さんはピンク色の水筒を渡してくれた。 「スムージーが中に入ってます。バナナとか豆乳とか。いろいろ入っています。これだけで必要な栄養素をとれますよ」  僕は気恥ずかしさを覚えて、なかなか水筒を受け取ることができなかった。 「スムージーとか苦手ですか? 野菜ジュース嫌いな人っていますもんね」 「そういうことじゃなくて。ありがとうございます」  唐揚げ弁当が入ったビニール袋に水筒を入れた。辻田さんの気遣いが心に染みた。  アパートに帰り、唐揚げを食べながらスムージーを飲んだ。バナナの味が強く、バナナジュースを飲んでいるような気分だった。ついつい一気に飲んでいた。  食事を終え、スマホを確認すると編集者から催促の連絡が来ていた。「三日以内にプロットを見せてください」という警告文が記されてあった。機嫌を損ねないよう「三日以内に出します」と返事を打った。  誰もいない室内で僕は「あー」と叫び、頭を掻きむしった。どうしたらいいのだろうか。  畳みかけるようにひなまつりからもメッセージが届いていた。「早く先生が書いた殺人鬼ものが読みたいです」とある。薄気味悪いことに、文末にはピンク色のハートマークがついていた。  そろそろ本格的に書かなくてはならない。僕はかなり焦っていた。二作目を出さなければ、もうこの業界から消されるだろう。だからといって、面白味のない小説では売れるはずがなかった。  あんなコンビニとはおさらばするんだ。僕は自分を鼓舞した。  僕はYouTubeに上がっている殺人鬼やサイコパスに関する動画を見ていた。取材のようなものだと自分に言い聞かせていたが、ただ動画を視聴していただけで徒に時間が過ぎていった。
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