第一章 波紋

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 スマホで「沢村奈緒」と入力すると補足ワードとして「現在」、「結婚」、「画像」などが出てくる。多くの人が関心を持っている証だろう。  検索すると真っ先にN市女子高生連続殺人事件という仰々しい文字が並んだ。  今から十五年以上も前に起こった事件だが、なぜか記憶に残っていた。自分と大して歳が離れていない少女が同級生を殺害したという事実に衝撃を受けた覚えがあった。  僕は手当たり次第に事件に関する記事を読み漁った。  沢村奈緒。一九八六年三月三日生まれ。父は大学教授、母は高校教師。誰もが羨む家庭だったらしい。小学生の頃から学校の成績が良く、周囲の人からの評判も良かった。  二〇〇一年、当時高校一年生だった沢村は同級生である田中若菜さんを硫酸タリウムで毒殺。ついで、同じ吹奏楽部だった竹村ちひろさんを硫酸タリウムで殺害した後にノコギリやチェーンソーを使って遺体を切断し、自宅の地下室に隠したという。最後にちひろさんと同じく吹奏楽部だった二宮桜さんを裏山に呼び出し、小屋に火をつけて焼死させた。  一時はとあるクラスメイトが疑われたが、確固たる証拠がなく捜査は振り出しに戻った。そのクラスメイトについてはネットの記事では詳しく分からなかった。  警察は沢村の周囲で事件が起こっていることに着目し、沢村に事情聴取を行った。沢村は事件への関与を否定したが、自宅の地下室から遺体が発見され、逮捕に至る。精神鑑定を経て、N市家裁支部は沢村を医療少年院に送致する保護処分を決定した。  二〇〇六年に少年院を出所。現在のところ、何をしているのかは分からない。結婚して子どもがいるという説も流れているが、鵜吞みにすることはできなかった。  最初に殺された若菜さんと沢村に接点などなかった。仮に挙げるとすれば、クラスが同じだったことに尽きる。クラスメイトの証言によれば、二人が話しているところを見た人はいない。  ちひろさんと桜さんは沢村と同じ中学校に通い、同じ吹奏楽部だった。クラスメイトや親も彼女たちを仲良し三人組だと思っていたらしい。特に三人の間でトラブルがあったとは考えられず、沢村本人も恨みはなかったと証言している。  殺害の動機は不明。どうして、こんなにも痛ましい事件が起こったのか。僕は夢中で沢村のことを調べていた。  ネットの世界には沢村の画像が溢れていた。  目が虚ろで能面のような表情だと勝手に思っていたが、沢村はそんな子ではなかった。中学の卒業アルバムだと思われる写真でセーラー服を着た沢村がにっこりと笑っていた。少女マンガの実写版に出演していても、おかしくないくらいだった。  殺人犯だと分かっているのだが、可愛いと思った。辻田さんが言うように、彼氏がいることも頷ける。ますます、なぜそんな事件が起こったのかが分からなくなった。  写真集を見るように沢村の画像を閲覧した後で、さらに興味深いサイトを発見した。「ナオちゃんを称える会」という掲示板があり、そこで沢村はアイドルのような扱いを受けていた。  沢村の容姿に惚れ込んでいると思われる書き込みが大半を占めていたが、中には犯罪を示唆するような書き込みも散見された。 ――ナオちゃんみたいにバラバラにしたい。 ――みんな死ねばいい。 ――ナオちゃん、学校を焼き払ってよ。  冗談なのか本気なのかは分からないが、沢村の影響を受けている少年少女がいることは明白だった。  ネット上の記事だけでは物足りず、僕は図書館で『少女Sの真実――人間のフリをした悪魔』というノンフィクションを読んだ。とある記者が多くの関係者に取材を申し込んでまとめた本だった。  だいたいはネットで書いてある通りだったが、沢村の精神鑑定を担当した精神科医の証言が載っていた。  あんなにも悍ましい犯罪を実行したにもかかわらず、彼女の受け答えは年頃の少女と変わりありませんでした。学校や家庭の出来事を淡々と語っていたことを覚えています。  しかし、鑑定を進めていく中で彼女の本性が見えてきました。  私が「もしあなたの家族が誰かに命を奪われたら、どう思う?」と尋ねると彼女は「その犯人を許せないと思う」と返し、急に涙を流しました。  驚いていると彼女は急に舌を出して笑い始めました。 「すみません。普通の人間だったら、許せないって言うんだろうなあと思って。正直に答えると家族が殺されても、何も思いません」  私が呆気に取られていると彼女は次のように言いました。 「私、ずっと人間のフリをしてたんです。こういうときはこう答えたらいいんだろうなあって。模範解答みたいなヤツは分かるんですよ。でも、段々と疲れてきちゃって。それで面白そうだから、人を殺してみたんです」 「人を殺すのは悪いことだと分かっているんだよね? それなら、どうして?」 「うまく説明できません。ただやってみたかったんです」  私が動機について尋ねても、彼女は具体的に語ってはくれませんでした。おそらく、本当に深い理由などないのでしょう。そのせいで、より一層、私は彼女が怖くなりました。人間としての何かが欠けているのだと思います。  僕は沢村に対して恐れを抱くというよりも、清々しい悪女ぶりに心を奪われた。より露骨に言えば、性的な意味で興奮している自分がいた。  記者は沢村の両親にも取材を申し込んでいた。二人とも遺族に対して、謝罪の言葉を口にし、沢村について語り始めた。  両親曰く、幼い頃の沢村は表情が硬く周囲に馴染めなかったらしい。変わった子と揶揄されることも多かったようだ。  しかし、小学校高学年くらいになると表情が明るくなり、友達も増え、両親は沢村のことを心配することはなくなった。父親は「こんなことをする子とは夢にも思わなかった」と答えている。  ただ父親が大学教授、母親が高校教師ということもあって、沢村が家に一人きりになることが多かった。それが原因となって、犯罪を誘発したのは事実だと思われる。沢村本人も「親が家にいないおかげで、死体をバラバラにできた」と警察に証言している。  事件の被害者は殺された少女たちだけではなかった。沢村が逮捕される前に、クラスメイトの一人が警察に疑われ、危うく逮捕されかけていたのである。記者は何度かそのクラスメイトに取材を申し込んだが、断られたそうである。  プライバシー保護の観点だと思われるが、そのクラスメイトが逮捕されかけた理由は不明である。  様々な情報が出揃った。後は詳しいことを辻田さんに聞くだけだ。
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