VI

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 もしかしたら、一度は軌道高度帯におびただしいスペース・デブリを撒き散らして他国を宇宙事業から撤退させ、その隙になにか新しいデブリの処理方法で、宇宙の覇権も掌握しようとしているのではないか。    「そろそろカウントダウンがはじまるな」とトマス。  「地上まで例のリークで荒れてないかが心配だよ」とカミンスキーが返した。  「日本では派閥(クラスター)の対立がそれほど強くないんだろう?」  トマスが尋ねた。やはり亡命先なので気になるのだろう。    たぶん世界で一番穏便な──ゆるやかな──撒種主義(ディセミナシオニスム)だからな、実態は──と蓮。  カウントダウンが六十を切った。  蓮を含め三人は自然と黙している。  船内のモニターにも、カウントダウンの数字が明滅している。  残り十秒──。  そして零秒で宇宙船はエアロックから切り離され、船内のモニターには「Purge(切り離し)」と表示された。衝撃と振動が宇宙船を包む。    ──いよいよだ、とトマス。  これでしばらくは休む暇もないさ、とカミンスキーが答えた。  「ミス・ミト・スギタによろしくな」  ありがとう、蓮はそう返した。  蓮は美都を思い出していた。地上に帰還して、彼女はどうしているのか。宇宙ステーションでのショートは意外なほど似合っていた。    そろそろ大気圏突入だった。宇宙での任務でもっとも過酷な。  美都には「ねがい」で緩慢な自殺を遂げる、そんな言葉を吐いて、結局こうして地球へ還ろうとしている。それも美都には冷やかされそうだ。  「ねがい」の中での実験や、ケープ・カナベラルのアポロ第34発射複合体(コンプレックス)の廃墟に二人で心、いや魂が震えたあの日。  ──杉田美都とはつまるところ、蓮の亡命先なのかもしれない。            【了】      2023.08.11. M.M.
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