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「そろそろ終わりにしよっか?」
と美都が、身体は繋がったまま、正面から蓮に抱きついてささやいた。そうだな、と蓮。しばらくして蓮は性器を抜く。日をあけて何度か行われた極秘の人体実験はこれで終了する。意外だったのは、無重力だからといって体位だのの違いがそれほど増加するとは思えなかったことだった。
無重力なので、美都の性器から零れ出た蓮の精液が白くぶよぶよした球体になって漂っている。美都は居住モジュール#2の壁を軽く蹴り、熱帯魚水槽の中のグッピーのように、蓮の放ちやった精液を飲み込んでいく。
そのありさまを見て、蓮は反射的にPost coitum omne animal triste est.というラテン語の成句を思い出した。意味は「性交ののちすべての動物はむなし」である。
「本当の本当に、蓮は地球に帰還しないの?」
飲み込むのに失敗した精液が美都の少し子供っぽい表情を飾る。
「あのインタビューで言ったこと、まだ記憶してて、それでなの? わたしは蓮が帰りの便で一緒に帰ってくれると嬉しいんだけど」
「それは本心か」
ええ、あたりまえじゃない、と美都はふくれっ面をしてみせた。
背中の羽根が収納されていく。
美都だけでなく、有機生体派の肌はなめらかで美しい。
汗腺はあれども、汗をかいてもエクリン腺やアポクリン腺は分解され、匂いはしない。ただし、あえて生体的にフェロモンを身にまとうことは可能である。肌には無駄な体毛もまったく生えない。
一方で、大木戸蓮の所属する派閥、機械改造者は美都のようなバイオテックでなく、あくまでも金属、機械などで人類の能力を拡張しようという派である。
美都はまだ物足りないようだった。
蓮もさほど疲労してはいないものの、居住モジュール#2の一角にある狭い空間に寝袋を固定し、そこで横になった。さきほどの実験が終わり、今はAIが美都と蓮の顔に修正をかけていたり、二人の動きを学習しているのだろう。
全世界で少子化が加速している現在、軌道エレベーターに観光に訪れたカップルに役に立つデータになればいいが、と蓮は思った。自分らしくない、とも思いながら。
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