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II
──その四年前。
昔、とはいっても21世紀初頭から新星のように進歩したAIのおかげで、人類、有機生体派や機械改造者の間では、宇宙飛行士になるための基礎から実践までのハードルがかなり低くなった。
バニラの人間もまた。
もともとはバニラの通称は、ゲームに初期状態のコンテンツしかない状態を示すゲーマーの専門用語である。まったく無改造のプログラムを思えばいい。
「わたしは嫌いよ、そんな人体の改造なんて。親からいただいた肉体、もしいるのなら神様が与えてくださった肉体、それをいくらハイテク、ナノテクの技術があれど、弄ぶとか……」
大木戸蓮の妻、めぐみは嫌悪感をあらわにした。
「あなたが宇宙飛行士に抜擢されたのは嬉しいわ。ただ、機械改造者や有機生体派になってしまうのがどうしても許せないの」
めぐみはまっすぐに蓮の眼を見つめた。
もう決まっているんだ、と蓮。めぐみから眼をそらす。
「弄ぶわけじゃないさ。おまえにはたぶん通じないから説明しない。もう機械改造者になるのは決定事項だし、バイコヌール宇宙基地から、日本の宇宙ステーション『ねがい』へ向かい実験を行う」
「そこまでして行きたいの」
とめぐみ。彼女の瞳には、伏目になった蓮が映っている。サイドを刈り上げ、前髪からトップまで短髪にしたソフトモヒカンのような髪型。これも宇宙ステーションでは散髪も一仕事なためにそうしたのだった。三十代ももう半ば、ほんのわずかだが渋みが漂う顔。
実際に、蓮は宇宙科学や宇宙医学、英語などの外国語独習、の座学に加え、宇宙ステーションのシステムとその基本操作、スキューバ、体力増強のメニューなど、できることからもう実習が始まっている。
機械改造者になれば、語学などは勉強も不要だろう。
だいたいが、21世紀初期に、軌道飛行を25歳で成し遂げた宇宙飛行士までいる。
そして、蓮はめぐみの質問に重々しく答えた。たった一語。行きたい。
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