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あらそう、とめぐみが嫌味っぽく追撃した。
「宇宙ステーションには女の子もいるでしょう」
いないよ、と蓮が答える。
まちがってはいないが、広報部の杉田美都が蓮のあとに身体改造をして、やはりバイコヌール宇宙基地からソユーズに乗ってやって来るという噂はある。
そして今、広報部に勤務している美都は、日本宇宙開発機構を代表して蓮へインタビューするという。
「フロリダのケープカナベラル、放棄されたロケット発射複合体の哲学者、レン・オーキド」。そうタイトルも決まっている。
もっとも、東京からオーランド国際空港を経由してケープ・カナベラルへ行かなければならず、その前に機械改造者として、身体機能拡張手術も済ませないといけない。改造、というか手術は日本宇宙開発機構で行われる。
AIと高精度ロボットアームのアシスト、あるいは完全に無人の手術により、全身の機械改造者化は十日ほどで済む。そのあいだ蓮は麻酔で眠り続け、これまでの半生のハイライト集を夢見ていた。
初恋の相手とのファースト・キスは何度見たのだろう。
日本には宇宙飛行士を目指せる大学が三つしかない。立命館大学、芝浦工業大学、それに北海道大学、と。
立命館の理工学部に合格したときの嬉しさ。この記憶も幾度となく繰り返された。そして今となってはもう退色してしまった、めぐみとのつきあいと結婚式。式場専属のピアニストがミスタッチを連発して弾く、ドビュッシーの「ピアノのために」全曲や、「ベルガマスク組曲」。
目覚めたときには半分まだドビュッシーの「版画」から「グラナダの夕暮れ」が聞こえていた。結婚式でドビュッシーを弾きまくってほしい、というのはめぐみの要望だったな……と蓮は思い出す。
麻酔から醒めたとき独特の気分の悪さ、吐き気。
完全に目覚めると視界は通常の人間とはまったく違うものになっていた。可視できる周波数帯域が増えている。同時に、ヒト科の弱点でもある眼を保護するよう、強化セラミック製の真横にスリットの入ったアイウェアが実装されていた。
「麻酔で気分が悪いかな」
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