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III
「その恰好はあんまりケープ・カナベラルの哲学者には見えないわ」
と杉田美都は少し呆れている。
フロリダのケープ・カナベラル、空軍基地アポロ第34発射複合体の廃墟に美都は圧倒されていた。蓮が固執するわけがわかるような気がする。
米軍の基地からはジェミニ第19発射複合体のほうが近かったが、蓮の好みでアポロ第34発射複合体でのインタビューになった。
その大木戸蓮の服装はだぶだぶの鮮やかな黄色のパーカに軍のデジタル迷彩のカーゴパンツ。
「哲学者だかなんだかに見えなくてもいいよ、どのみち、これからしゃべる内容に誰もついていけないだろうから……」
「だいたい想像がつくわ」
「美都にはけっこう話してるからな」
アポロ第34発射複合体の威容は空から見ないとわからないかもしれなかった。ケープ・カナベラル、メリット島は緑ゆたかで、その木々を大きく丸く切り取り、コンクリートで舗装している。
真ん中にはロケットを収納する、やはりコンクリートの四本足の基部だけが残っている。
「まずはウィリアム・バトラー・イェイツの詩の引用からでいいか?」
蓮は左目に投影される機構を使い、その場にいながら、軍事衛星へとアクセス、一瞬アポロ第34発射複合体に焦点を合わせその映像を記憶する。
コンクリートの基部の周りに大きな円が描かれ、そこから通路用に道が何本も伸び、そこには小さな円が描かれ、管制室や観測、万が一のレスキューの待機、などが往時には集まっていたのが手に取るように見える。
「『目に見える世界はもはや現実ではない。目に見えない世界はもはや夢ではない』イェイツはそう語っていた」
「イェイツの何という作品?」
「作品ではなく、なにか残っている彼の言葉か、あとは記憶がイェイツとリルケが混じり合っているんだ……」
美都は、「ABANDON IN PLACE」とステンシルで書かれた基部の横に佇む蓮を撮影した。そしてそのまま南端のベンチに移動して、座る。
「インタビューなのに、並んで座るとか、変よ」
「変じゃないさ相手が美都なんだから」
プライベートは仕事に持ち込みたくないの、と美都は凛とした口調で言った。
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