第2話

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第2話

 暫くするとひったくりとオートドリンカ荒らしの調書を取り終え、留置場に身柄(ガラ)を放り込んだ二人が戻ってくる。  ハイファのデスクは課長席の真ん前で、その隣がシドだった。  この配置にもそれなりの意味がある。  銃と同様に手放せない対衝撃ジャケットを脱いでシドは椅子の背に掛け、デスクに着くと早速煙草を咥えオイルライターで火を点けた。  すかさずハイファが泥水コーヒーの紙コップをふたつ持ってくる。 「おっ、サンキュ。スパイは気が利くな」  嫌味を垂れたシドにハイファが口を尖らせた。 「本当にネチこいよね、貴方って。でもスパイは辞めたもん」 「どの口で言ってんだ、俺まで別室任務に駆り出しといてそりゃねぇだろ。毎度『出張』に『研修』で本業やってるヒマもねぇっつーのに」 「ちょっとシド、大きな声で言わないでよね。一応は軍機なんだから」  軍機、軍事機密である。  そう、ハイファはなよやかなまでの外見にそぐわないシドのバディっぷりを発揮しているが、それもこれも場数を踏んだ現役軍人という事実があるからだった。  テラ連邦軍中央情報局第二部別室なる、一般人には殆ど名称すら知られていない部署から出向中の身なのだ。  中央情報局第二部別室、その存在を知る者は単に別室と呼ぶ。  別室は中央情報局の隷下にあるような体裁を取りながら、その実態はテラ連邦議会を裏で支える影の存在だ。『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、目的のためなら喩え非合法(イリーガル)な手段であってもためらいなく執る、超法規的スパイの実働部隊である。  そんな別室でハイファが何をしていたかというと、やはりスパイだった。  入隊後の数年はスナイパーとして各星系の戦場を駆け巡り、その後に別室に目を付けられて刈られた。別室入りしたのちは元々ノンバイナリー寄りの精神とバイセクシュアルである身、それにミテクレとを利用して、敵をタラしては情報を盗るというなかなかにエグい手法ながら、文字通り躰を張って任務をこなしていたのである。  それが出会って以来七年間、果敢にアタックし続けながらも完全ストレート性癖でなおかつ女性に不自由したことのない難攻不落と思われた親友シドが、ある事件をきっかけにとうとう堕ちてしまった。すると途端にスパイ任務が務まらなくなったのだ。  敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシド以外を受け付けない、シドとしか行為に及べない躰になってしまったのである。  丁度その頃、別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なる託宣を弾き出してハイファは惑星警察に出向、体のいい左遷と相成ったのだった。  だが左遷であってもここに生まれたシドとの二十四時間バディシステムはハイファにとって天国としか思えない。シドの持つ奇妙な因子のせいで凶悪犯と銃撃戦に明け暮れる日々だろうが誰にもこの座は渡さない。  別にそんなモノを欲しがるマゾもいないのだが、とにかくこの立ち位置を死守する構えなのである。 「これだけ五月蠅いんだ、誰も聞いちゃいねぇよ。スパイスパイスパイ……」  朝の喧噪が落ち着いた今でもデカ部屋は他課の張り込みの応援に出掛ける者、書類をファイリングする者、デスクでイビキをかく者に噂話に花を咲かせる者、気も早く今夜の深夜番を賭けて朝っぱらからカードゲーム大会に興じる者などでざわめいている。  デスクの上に積まれた電子回覧板を眺めつつ、咥え煙草で器用に唱え続けるバディに、ハイファは打ち出した報告書類を半分手渡した。 「ひったくりとオートドリンカ荒らし、溜め込まないで書いてよね。あと幾ら無害化されてても企業戦略で依存物質は入ってるんだから煙草を吸い過ぎない、灰を散らさない」 「へいへい。お前が一番五月蠅いぞ……って、なんか俺の方が書類、多くねぇか?」  今どき書類は何と手書きが原則なのだ。容易な改竄や機密漏洩などの防止のために先人が試行錯誤した挙げ句に結局落ち着いたローテクである。筆跡は内容と共に捜査戦術コンに査定されるので、故に幾らヒマそうでも他の誰かに押し付けることはできない。 「一枚しか違いません。その一枚は貴方がホシをぶん投げて潰した花壇の桔梗の分です」 「キキョウ……ああ、お花ちゃんか」 「行政府の財産だからね、あれだって。可哀想だから僕が植え直したけど時間もなかったし適当だったし目撃者もいたから、絶対アレは条例違反通知くるよ。だから先に詫び状」 「あー、了解。しかしお前もすっかり刑事稼業に慣れたよな」 「もうすぐ一年だからね」 「一周年記念に結婚でもしたらどうっスか?」  横から声がして振り向くと、左隣のデスクでシドの後輩ヤマサキがにこにこしていた。 「なっ、何言ってんだ、俺たちは単なる仕事上のバディだぞ!」  今更ながら事実を認めようとしないバディに、ハイファは冷ややかな目を向ける。  ハイファが機動捜査課にやってきた当初シドは非常に難儀した。よそと比べて不思議なほど女性率の低い機捜課で、シドが『男の彼女を連れてきた』などという噂で持ちきりとなったのだ。  それはのちに事実となったが、ポーカーフェイスに照れを隠した意地っ張り男は、それでもなお周囲のニヤニヤ笑いと冷やかしに徹底抗戦し続けた。  同性どころか異星人とでも結婚し、遺伝子操作で子供まで望めるという時代に、冷やかす方も躍起になって否定する方も中学生男子以下である。だがとっくにカップル認定され皆が噂に飽きた今でもシドは呆れた往生際の悪さで事実を否認し続けているのだ。  そんなハイファではあるが別室と切れた訳でもない。出向させても放っておいてくれるようなスイートな機関ではないのだ。未だにたびたび任務を振ってくる。  更にそれは組織の違いをものともせず、イヴェントストライカという『何にでもぶち当たる奇跡の力』を当て込んで、今ではシドにまで名指しで降ってくるのであった。  そのたびに二人は『出張』だの『研修』だのという名目で惑星警察サイドを誤魔化しては出掛けなければならない。ハイファが別室員だというのは軍機、機捜課で本人以外にはバディのシドとヴィンティス課長しか知らないことだからだ。  そういった別室関係の密談がしやすいようにデスクは配置されているのである。  そこでヤマサキがまた要らんことを言う。 「そうだ、今度『同じ職場で夫婦が勤務するのを禁止する』って規則も徐々に失くしていくそうっスよ。きっとセントラルから実施っスよ。ハイファスさん、どうっスか?」 「えっ、本当に? わあ、どうしよっかなー」  自分の頭上で盛り上がるのを居心地悪く感じたシドは煙草を消して泥水を飲み干すと立ち上がった。対衝撃ジャケットを羽織ってハイファに声を掛ける。 「外回り、行くぞ」 「書類は?」 「ンなもん逃げねぇから、あとでいい」  すたすたと歩いてゆくシドをハイファが追い、更にヴィンティス課長の声が追った。 「シド。我が機捜課に外回りなどという仕事はない。ここで同報を待っていればいいというのを、いい加減に覚えてはくれないのかね?」  同報とは指令部経由で署内全ての音声素子から一斉に流れる重大事件発生の知らせで、これが入れば初動捜査専門の機捜課は何を置いても現場に駆け付けなくてはならないため一階にある。逆を言えば課長の言う通り、同報を待ってさえいたらいいのだ。  ところがシドはバディのいない単独時代が長かったため、どの班にも属さない遊撃的な身分のまま、ずっと信念の足での捜査を続けてきた。  捜査というより歩き回っているだけだが、そこには人々と同じ目線で観察して僅かな異変も察知しようと、少しでも『間に合おう』とする想いがある。  それを知ってハイファも靴底をすり減らしているのだ。  けれど『刑事は歩いてなんぼ』を標榜し、ヒマさえあれば表をうろついて事件や事故に遭遇してくるのだから、上司のヴィンティス課長が止めるのも無理はなかった。  だからといって素直に聞き入れるシドではない。 「ここにいても同報なんか入りませんから」  それは同報を流すのがいつもキミだからだとか、何故キミは下手するとホシより先に現着しているというミラクルを成すのかとか、様々な疑問をヴィンティス課長は抱いたが、一日シドをここに縛り付けておくと署にウェザコントローラでも降ってきそうだとまで思いついてしまい、二人の部下が出て行くのを悲愴な顔つきで見送った。
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