第3話

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第3話

 外は相変わらず晴れ渡り、超高層ビルの間から光の粒が溢れ出しているようだった。  スカイチューブで分断された青空に、蜜蜂の如く飛び交うBEL(ベル)がキャノピを輝かせていた。BELは反重力装置を備えた垂直離着陸機で、小さなデルタ翼を持つ機体である。緊急音を鳴らさない救急機がスカイチューブをくぐり抜け、二人の上空を掠めて行った。 「ふあーあ、やっぱり外が一番だな」  深々とシドは息を吸い込んだ。目前の大通りには僅かに地から身を浮かせて走るコイル群が列を成し、色とりどりのボンネットが目に鮮やかだが、これも小型反重力装置駆動なので騒音も排気もなく、空気はクリーンで相変わらず旨い。  などと思っていると、ふいに大通りから飛び出してきたコイル三台が歩道に乗り上げた挙げ句、ガシャンバキンと玉突き衝突を起こした。  コイルは座標指定してオートで走らせるのが一般的な乗り方だ。そのオートの筈のコイルが三台まとめて事故である。約二十秒で署から飛び出してきた交通課の面々はシドの顔を見て納得したように頷いた。それでまた少しシドの機嫌は悪くなる。  あとを交通課に任せて左方向に歩き出しながらシドは愚痴った。 「くそう、誰も彼も失礼だよな」 「まあまあ。それよりもうすぐ一年なんて早いよね」 「ん、あ、そうだな」 「気のない返事だなあ。何かこう、一周年記念みたいなこと思いつかないの?」 「一周年記念にお前、いい加減に別室から足洗ったらどうだ」  左手首のリモータを振りながら言ったシドはまだポーカーフェイスに不機嫌を溜めている。それも仕方ない。  左手首に嵌ったリモータは惑星警察支給の官品で、通常のリモータ同様に財布や自室のキィその他、自分の身分を証明しIDを必要とする電子システムにアクセスするための、現代の文明人には欠かせないツールだ。  いや、そういうツールの筈だったが、じつは違うのである。  ガンメタリックのこれは惑星警察の官品に限りなく似せてはあるがそれよりかなり大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだった。  ハイファと現在のような仲になって間もないある深夜に寝込みを襲うように宅配され、寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いして、うっかり嵌めてしまったのだ。  こんなモノはシドには無用の長物だ。だが別室リモータは一度装着し生体IDを読み込ませてしまうと装着者が自ら外す、もしくは第三者の強制で外されるに関わらず、『別室員一名失探(ロスト)』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すので迂闊に外せない。  その代わりあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った際でも、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップからの信号を、テラ系有人惑星であれば何処にでも上がっている軍事通信衛星MCSが感知し、捜して貰いやすいという利点があった。  おまけにハッキングなども手軽にこなす便利グッズでもある。  だが何で刑事の自分がMIAの心配をせねばならないのかシドには分からない。  わざわざ他星系まで出掛けてマフィアと銃撃戦をし、ガチの戦争に放り込まれ、砂漠で干物になりかける……断じてコレは刑事の仕事ではない。  そう思いつつシドは外して捨ててしまえばそこまでの、このリモータを外さない。理由はひとつ、惚れた弱みである。一生、どんなものでも一緒に見てゆくと誓ったときから、危険な別室任務にハイファ独りを送り出すことができなくなってしまったのだ。 「うーん、そのうちにね」 「何だ、お前も気のねぇ返事だな」 「それよりほら、一周年記念。結婚とは言わないからサ」 「やけに粘るじゃねぇか。何か欲しいモンでもあるのかよ?」  サラリと訊けるのは要望に応えられる証拠である。事実シドはハイファと訪れた星系で手に入れたテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚が一等前後賞にストライクし、これでも大層なカネ持ちなのだ。  普通なら刑事などやっているのがアホらしくなるところだが、普通じゃないので刑事も辞めず、莫大な桁のクレジットはテラ連邦直轄銀行で日々子供を産みながら静かに眠っている。  一度他星にプライヴェート旅行を二人でしたが、後半は別室任務になっていたので懲りたのだ。仕方なく、たまに趣味のプラモを買っている。  それより今は珍しいハイファの歯切れの悪さだった。 「欲しいモノは別に……だからね、いい加減に機捜課で僕と貴方の関係を――」 「あー、そうかそうか。俺が勝手に指輪を買ってきちまったからな。こういうのは一緒に選ぶべきだよな。何なら、その辺りで眺めてみるか?」  不満げなハイファの表情に気付かぬフリを必死でしながら、シドはすたすたと歩いて官庁街を抜け、ショッピング街に差し掛かっていた。並んだ店舗にふらりと近づくと目についた宝飾店にシドはさっさと入ってゆく。
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