貴方を殺して有名になりたい

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「今日こうして貴方に会いに来たのは、貴方に警告するためです。ロックスターを殺して有名になろうなんて馬鹿な考えをするのはおやめなさい」 「何を言ってるのか意味がわからない」 「日本の警察を甘く見ないほうがいい。貴方は国民的ロックスター――ギルドのマツダ氏――を殺せないし、もしも、もしもですよ、殺してしまったら必ず死刑台に送り込まれることになる」 「私は脅迫状を書いてないし、ギルドのマツダを殺そうなんて思ったこともありませんけれども、それはともかくとして、しかし判例によれば、人を殺したから死刑になるとは限らないでしょう」 「ギルドのメンバーを殺した犯人が検察に送致されるまで生きてられるとお思いですか。現場の警察官にはギルドのファンが大勢います。かく言う私もギルドの大ファンなんです」 「つまりは、こういうことですか。被疑者が抵抗したことにして、現場レベルで射殺して闇に葬ることも出来る、と」 「どう解釈しようとかまいません。貴方のご自由にどうぞ。では、今夜のところはこれで失礼します」 村井刑事が去った後の扉の内側を見つめたまま、時間だけが猛烈な早さで過ぎ去っていった。田口はすっかり食欲を無くし、外出するのを取り止めた。 部屋に戻り、カーテンの隙間から外を覗いて見た。道路を挟んだ向こう側の歩道の電信柱の陰に立ってこちらを見上げる村井のギラギラする眼差しを見て、田口は慌ててカーテンを閉じた。 手柄に対して貪欲で、しかも頭がイカれた醜い猿が一匹。爪を立てながら背中にしがみついている。 なんだよ、これ。 ふざけんな。 どうにかしなくてはならない。 田口は歯噛みしながら奥の部屋に行き、手提げ金庫のダイヤルを回した。ダイヤルの暗証番号は0501。四十年前にギルドが結成されたときの、記念すべき伝説の日付を拝借して、それを暗証番号として設定した。 金庫の中には三十八口径短銃身回転式拳銃と実包五十発――38スペシャル弾――が隠してある。拳銃はスミス&ウェッソンM36チーフスペシャル。仕事――燃えるゴミの回収――の最中にゴミの集積所で拾ったものだ。行政が指定する黄色い透明なゴミ袋に生ゴミと一緒に突っ込まれた状態で目についた。あまりの無造作な捨て方から見て、最初はそれをプラスチック製の玩具の銃かと思った。幸いにもというべきか、不幸にもというべきか、一緒に収集車に乗って回るはずの相棒の佐藤は、朝になって急に体調が悪くなって欠勤していた。その日、田口はひとりでゴミの収集に当たっていたのだ。 朝の九時半だった。衆人の目がどこにあるのかわかったものではない。周辺に誰もいないことを確かめながら、ゴミ袋の縛り口を速やかにほどいて銃を取り出してみた。プラスチック製の無害な玩具銃などではなかった。本物だ。使い込まれてガンブルーが所々剥げ落ちて、金属の地肌が覗いている。ずっしりと手のひらに沈み込むような重量感。鋼鉄の持つ冷たさ。 弾倉留めを押して、レンコン型の回転弾倉を開いてみた。弾倉は空だ。弾倉に開いた五つの穴を通して地面の灰色のアスファルトが見えた。弾倉を慎重に閉じてから、銃を懐に仕舞い込んだ。
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