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かつてはフロントが置かれてそれなりに賑わっていたのであろう酷く薄汚れた殺風景な空間を通り過ぎて、奥へ奥へと進んでゆく。
太陽がまだ高い位置にあるとは言え、廃墟と化したホテルの内部には電気が通っていないから照明もなく、酷く薄暗い。それでも足下が不安になるほどではなかった。
拳銃を抜いて構えながら一階をくまなく歩いて見て回ったが、標的である村井刑事の姿はなかった。
田口は瓦礫だらけの階段を上がり、二階へと移動した。
いつでも撃てるように、拳銃を低く構えながら、前へ前へと進んでゆく。村井刑事は田口が拳銃を入手したことを知っているのだ。だからもうこちらの切り札――拳銃で武装している――を隠す必要はない。
廊下には分厚い絨毯が敷いてあるが、正体不明の汚物やら砂埃がうず高く積もっているせいで、本来なら赤だったのだろうその色は灰色と化してしまっている。壁も天井も灰色だ。灰色の世界に田口はひとりでいる。まるで幽霊でも出て来そうな気配が不気味だ。だがそれ以上に不気味なのが村井刑事という存在だ。あの男はこの廃墟の中の何処かで物音ひとつ立てず、じっと身を潜めて田口をひたすら待ち伏せているのだ。あの男の精神構造を考えただけで薄気味が悪くて震えが来る。だから考えない。何も考えずにあの男に拳銃を向け、五発全弾を叩き込んで抹殺する。田口が生き残る術はもはやそれしかない。
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