貴方を殺して有名になりたい

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黒っぽい背広を着た男――右手に拳銃を握り締めている――の後ろ姿が廊下の真ん中辺りに蹲っている。いや蹲っているのではない。正座だ。黒っぽい背広を着た男が背中を向けて正座している。 村井刑事だ。村井は黒っぽい背広姿の背中を田口に向けながら、身震いするかのように身体を小刻みに動かしていた。 銃だ。村井は銃を手にしている。村井の手に、拳銃のシルエットが確かに見えている。 村井の背中に向けて、田口はチャーターアームズ・アンダーカバーを構えた。 引き金を引いた。連続して引いた。 耳をつんざく轟音が鼓膜を震わせた。 壁と天井と床を揺るがす反響音が強烈だった。 六回目に引き金を引いたとき、撃鉄はカチリと鳴ってむなしく空を打った。 弾切れだ。 チャーターアームズ・アンダーカバーは五連発だった。田口は昨日の訓練の成果を発揮して、落ち着きながら弾倉留めのボタンを押した。レンコン型の回転弾倉が左側にスイングアウト。排莢桿を手のひらで叩いて押した。撃ち殻となった薬莢が排出されて、床に散らばった。床には分厚い絨毯が敷き詰められているから、映画のようには綺麗な音が鳴らなかった。 左手で予備の38スペシャル弾を掴み取りながら、二発ずつ装填してゆく。瞬く間に五発を装填し終えた。弾倉を銃本体に収めた。 拳銃を構えながら、村井の背後から近づいた。 村井は床に正座したまま、うつ伏せに倒れて息絶えていた。その死に様は、田口の目には土下座しているようにも見えた。 黒っぽい背広の背中に、四発分の銃創があった。五発撃った内の一発は外したようだ。命中率八十パーセント。初めての実戦にしては、いや初めて銃を撃ったにしては、なかなか上出来である。 だが田口は、村井刑事の死に様があまりに不自然すぎるように思えて、どうにも落ち着かないのだった。 なぜ村井刑事は田口が攻撃を仕掛けて来るとわかっていながら、敢えて廊下の真ん中に正座していたのか。しかも敵に背中を向けてである。 薄暗い中、田口は目を凝らして目の前の奇妙な死体を見下ろしている。やがて、田口はあることに気づいて、愕然となって床に崩れ落ちた。 目の前の遺体は、村井刑事ではなかったのである。 田口がまだ少年の頃からずっと憧れ続けて来た国民的ハードロックバンド――ギルド――のギタリストであるマツダだったのだ。 薄暗がりに目が慣れてゆくにつれて、マツダが頑丈な縄紐で身体を縛られていることに気づいた。口には猿轡を噛ませられている。両手は結束バンドで拘束されて、拳銃――スミス&ウェッソンM36チーフスペシャル。かつて田口がゴミ集積所で拾い、そして海岸に埋めたあの拳銃だ――を無理矢理に握らされて、それを投げ捨てられないよう、ご丁寧にぐるぐる巻きしたガムテープで固定までされている。 田口は呆然として、もう何もわからなくなった。チャーターアームズ・アンダーカバーが右手から滑り落ちて、床に虚しく転がった。
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