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分厚い絨毯を歩く足音が微かに聞こえてくる。微かな足音はゆっくりと近づいて、やがて田口の背後で止まった。
「田口春生、殺人の現行犯で逮捕する」
背後からの声。もう何も応えることが出来ない。
「シカトしてんじゃねえ!」
金切り声。
田口は呆然とする内に、身体がひとりでに一回転して床に叩きつけられていた。
柔道の投げ技を食らったのだということに気づいたときには、すでに腕を捻り上げられてしまっていた。両手首が折れるのではないかというぐらいの勢いで手錠を叩き込まれた。
床に這いつくばりながら上を見上げてみると、村井刑事が仏頂面をぶら下げて、虫けらでも踏み潰すような冷たい眼差しで田口を見下ろしていた。
村井刑事は懐から一枚の便箋を取り出して、それを翳して見せた。
「貴方を殺して有名になりたい」
村井刑事は便箋に書かれたそれを棒読みした。
「田口春生、おまえはこの脅迫状を国民的ロックスターであるギルドのマツダに送りつけたんだよ。そして売人から三十八口径回転式を買って、誘拐したマツダを山奥の廃墟に監禁。著名人を殺して有名になりたい一心でマツダを銃で殺害した。罪は重いぞ。まあ極刑は免れないだろうな」
田口はぐわんぐわんと鳴り続ける耳鳴りに押し潰されそうになりながら、マツダが着ている黒っぽい背広と村井刑事の着ている背広が同じ柄の同じものであることを見てとり、そしてすべてを悟った。
マツダは村井によって誘拐されてこの廃ホテルに連れて来られたのだ。そして村井と同じ背広に着替えさせられ、床に正座させられた体勢で身動き出来ないよう縛り上げられた。それから念には念を入れて、手に無理矢理スミス&ウェッソンM36チーフスペシャルを握らされて、ガムテープで固定までされた。あとは田口をここまで誘き寄せて来るだけでいい。村井に対する激しい殺意に駆られて何も見えなくなっている田口は、テンパった状態でマツダを村井と誤認して射殺する。
だが、ひとつだけまだわからないことがある。
「どうして――」
田口は泣き声を震わせた。
「――俺なんだよ」
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