貴方を殺して有名になりたい

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「何だって? 聞こえねえんだよ。モゴモゴと言ってないではっきりと言えってんだよ。ゴミ虫野郎が」 「どうして俺なんだよ。誰かをいじめて破滅させて楽しみたいなら、わざわざ俺なんかを選ばなくてもいいだろう」 「それはだな」 村井刑事は身を屈め、田口の毛髪を掴んで顔を覗き込んだ。 村井刑事は血走った両眼を見開いた。 「前にも言っただろう。汗水ぶっ垂らしてゴミの回収作業をしているおまえを見て感動したからだよ。おまえは俺の推しなんだよ。いっぱしの男だったら、推しをこの手で抹殺して、優越感に浸りたいもんだろうが」 村井刑事はやがて、顔を崩して笑った。 「おまえは国民的ロックスターのマツダを殺害した男として、世の人々から永遠に記憶される。とことん憎まれるだろうな。もしかしたら、受刑者や刑務官たちからなぶり殺されるかも知れねえなあ。おまえは社会的に抹殺されるんだ。想像しただけでゾクゾクするぜ。ああたまんねえ」 村井刑事は立ち上がって携帯電話を取り出した。 「ああ、もしもし。村井です。どもお疲れさまっす。実はですね。前から単独で追ってた案件がありまして……」 殺人事件の発生を報告して、応援を要請している。 涙で歪む視界の中で、田口が先ほど再装填したばかりのチャーターアームズ・アンダーカバー三十八口径が床に転がったまま鈍い光を放っていた。 村井刑事を見上げた。電話での報告に気を取られているのだろう。田口に背を向けて、無防備な身体を晒している。 幸いなことに、村井は日本の警察の慣例を守っていた。海外と違って日本の警察は後ろ手ではなく、犯人が前に両手を差し出した状態で手錠をかけるのだ。 戦える。 田口は手錠を嵌め込まれた両手をそっと伸ばしてチャーターアームズ・アンダーカバー三十八口径を掴み取った。 村井が、床に転がる拳銃に対してまるっきりノーマークなのは、理由がはっきりしている。田口が予備の弾丸を持っていて、しかもそれを素早く――二秒以内で――再装填したことに気づいていないのだ。そんなことは考えてさえいないのだろう。 「……ええ、課長。そうなんです。そうそう。私の手柄を署長にきっちりと伝えといてくださいよ。警部補試験の推薦状のほうもよろしく頼んますよ。なはははは」 村井刑事は笑っている。 「それじゃあ、私は現場でお待ちしておりまーす。はい、どうも。では失礼をば」 床に這いつくばって、ひたすら気配を殺し、村井が通話を終わるのを待った。
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