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まんじりともせずに夜を過ごし、明け方になってようやく眠りに落ちた。
悪い夢を見た。夢の内容はおぼえていない。だがそれが悪夢であったことだけは、何となくではあるがおぼえている。
目が覚めたときには、すでに時計の針は十時半を指していた。
カーテンを開けてみた。向かい側の歩道の電柱の陰には、誰もいない。
外に出て様子を伺った。人の気配はない。念のためアパートの周りをぐるりと回ってみた。怪しい人間――刑事――はひとりもいない。
田口は胸を撫で下ろした。ひょっとしたら村井刑事が訪ねてきた昨夜の出来事は、そのすべてが夢だったのではないか。しかしカーゴパンツのポケットの中から、ぐしゃぐしゃに丸めた村井の名刺が出て来たことから鑑みて、あれはやはり現実の出来事だったのだと思い知らされた。
自家用の軽ワンボックス車に乗って、近所のスーパーへと向かった。一週間分の食糧を買い込んだ。カップ麺やレトルト食品。それにソーセージ類。料理には極力手間ひまを掛けたくない。
買い物が済んだら取り敢えず自宅アパートへ戻り、お茶漬けとブラックコーヒーと辛子を塗りたくったソーセージで簡単な朝食を済ませた。
朝食のあとは忙しい。まずはギルドのマツダの自宅がある正確な場所を把握しておきたい。
マツダが都内ではなく田口の住む地方都市に自宅を構えて住んでいることは、地元ではそれなりに知られていた。だが市内にマツダの自宅であると噂される豪邸は少なくとも五軒はある。それらすべてが本当にマツダの自宅なのだとしても、マツダの身体はひとつだ。ロックスターの五軒の豪邸のうち、果たしてマツダはどの屋敷を実際の住まいとしているのかを知っておきたかった。それを知ってさえいれば、あわよくば脅迫状を送りつけた真犯人を捕まえることが出来るかも知れない。そして昨夜のあのイカれ刑事の村井の機先を制してやることが出来る。
インターネットで市内の探偵事務所を検索した。いくつかヒットしたが、どの探偵事務所が有能で信頼出来るのか、それがまるでわからない。どの探偵事務所も――同業者としての協定があるのかどうか知らないが――サイトに掲載してある料金表はほぼ同じような金額であるし、宣伝文句も良さそうなことしか書いていない。だからこの際どれを選んでも大差はないものと田口は判断した。それに依頼の内容は、地元が生んだ国民的ロックスター、ギルドのマツダが五軒ある住居のうち、実際にどれを住まいとしているのか、それを特定するという簡単なものだ。こんなことは時間を掛けさえすれば、ただの素人でも特定可能なのだろうが、いかんせん田口には時間がない。あの村井とかいう刑事の監視の目が行き届いていない今のうちに手っ取り早く調べておきたい。
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