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田口は駅前の石田探偵社を選び、まずは電話での接触を図った。幸いにも今すぐであれば予約なしでの対応が可能とのことであった。田口は駅前に向けて車の舵を切った。
石田探偵社はその名称とは裏腹に、古ぼけたマンションの一室を流用した、吹けば飛ぶような小さな個人探偵事務所であった。
探偵の石田は五十代の後半に手が届きそうな、白髪頭で強面の、無口で厳つい雰囲気の男であった。
石田は極めて事務的に対応し、無駄口は一切叩こうともしなかった。
田口が応接椅子に座り、出された麦茶で喉を潤している間に、探偵の石田は何ヵ所かに電話を掛けまくっていた。それらのいずれの電話でも、石田は〈石田〉とは決して名乗らずに、違う名前、違う声、違う年齢、といったそれぞれ別な人物に成りきっている。
二十分も過ぎた頃、石田は報告書を抱えて田口の前に陣取った。
「白山台のホームセンターの向かい側に大きな家があります。そこがマツダ――本名松田良平氏の実際の住居です。他の四軒は熱狂的なファンに自宅を特定されないためのカモフラージュ用の屋敷のようですね。本宅ではない四軒の屋敷の前で出待ちをしていても、マツダ氏は永遠に現れません」
石田探偵は報告書の束を応接テーブルに重ねて置いた。
「五軒の屋敷の詳しい住所はこちらにすべて記載してあります。ご覧になってみてください。ただし、この報告書の内容は本日時点での調査結果に基づくものです」
「と、言いますと?」
「マツダ氏は五軒の持ち家を、ある一定の周期で――だいたい二ヶ月から三ヶ月おきぐらいですかね――ランダムに移り変わりながら順番に活用しておられるようなんです。だから極端な話、明日になれば今日とは違う別な四軒のうちのどれかに移り住んでいるかも知れない」
石田探偵は請求書を田口の前に差し出しながら言った。
「そうなったときは、途方に暮れたり私を呪ったりせずに、冷静になってまたご連絡ください。責任を持ってすぐに調べ直しますから。そうですねえ、今日から二日間以内にマツダ氏の本宅の場所が変わって所在が特定出来なくなったりした場合、再調査の経費は戴かなくてもかまいません。うちは信用第一でやらせてもらってますから」
どうやら石田という男は信頼するに足る探偵であるようだ。田口は請求書に記載された代金――安い金額ではなかった――をキャッシュで払い、石田探偵社を後にした。
石田探偵が調べて割り出してくれた屋敷――白山台のホームセンター前の豪邸――にさっそく足を運んでみた。もちろんマツダの屋敷をいきなり訪問したりなどしない。そんなことをしたらストーカーと勘違いされた挙げ句通報されて終わりだ。
それ見たことか――村井刑事の勝ち誇った顔が、脳裏に浮かぶ。
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