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軽ワンボックス車をホームセンターの駐車場に停めて、そこからマツダ邸の様子を穿った。二階の窓――薄いレースのカーテンに覆われている――の向こう側に誰か人がいる。あの空間に、確かに人の気配を感じる。国民的ロックスターが、マツダが、まさに今、あの屋敷にいるのだ。子供の頃からの憧れだった。ギルドのギタリストのマツダが、あのマツダが今あの屋敷の中にいるのだ。
田口の胸の鼓動は激しさを増した。
マツダを脅迫しているイカれ野郎を、出来ることならこの手で捕まえてやりたい。いや、捕まえてやる。マツダに脅迫状を送りつけた犯人は、一九八〇年の冬のニューヨークでジョン・レノンを射殺したあの男ときっと似たり寄ったりの狂信的でイカれたファンなのだろう。
推して、推して、死ぬほど憧れて、推しまくってファンの道を極めてゆくうちに、何かが狂ってしまったのだろう。憧れのロックスターを自分の手で殺害すれば精神的な融合を果たせるとでも思ったか。
そんな身勝手をさせてたまるかよ。
俺こそがファンだ。俺こそが唯一無二のファンなのだ。マツダを殺らせはしない。絶対に。
やはり武器が必要だ。ロックスターを守るために、絶対に無くてはならないのが武器だ。
田口は車を発進させ、ホームセンターの駐車場を飛び出した。自宅アパートへと戻り、手提げ金庫のダイヤルをギルド結成の日――0501――に合わせて拳銃と実弾五十発を取り出した。拳銃の弾倉留めを押してレンコン型弾倉を脇に取り出した。レミントン製38スペシャル弾を弾倉に開いた穴に一発ずつゆっくりと慎重に装填してゆく。永遠とも思える時間をかけて、弾丸を五発装填し終えた。実際には五発を装填するのに、六十秒も掛かっていない。それがとてつもなく長い時間に思えて、また連日のように続く猛暑に熱せられて、田口は灼熱の地獄に焼かれるような思いにひたすら身を焦がした。
装填し終えたスミス&ウェッソンM36チーフスペシャルをカーゴパンツのポケットにぶち込んだ。ちょうどよく収まった。自身の姿を鏡に写してみるが、傍目には鋼鉄の凶器を帯びているようには決して見えない。
予備の弾丸を適当につかめるだけつかみ取って、それを拳銃を入れた側とは反対側のポケットに収納した。やはり鏡に写して傍目に見ても、まるで違和感はない。
再び白山台のホームセンターを目指した。
マツダの自宅を見張ることが出来る場所を確保してして、そこに軽ワンボックス車を停めた。マツダの屋敷周辺に目を光らせる。それらしき怪しい人物の姿は見られなかった。
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