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第4話
拝命に際して日本政府高官が同席した訳でもなく、割と軽いノリではあったが預かったブツはとんでもない代物だ。
そんなものをいつまでも持ち歩きたくない二人は、少々早いと分かっていながら気分的に落ち着かず、県警本部庁舎を出て大通りのバス停に並んだ。バスに乗り込むと白藤市駅に向かう。
白藤市駅からは特急電車に乗り換えてまもなく都内に入った。
「十七時半の便でしたよね?」
「そうだな。まずはトルコのアタテュルク国際空港でトランジットだ。そこからロンドンのヒースロー空港に行く。ヒースローまでは二十時間半だぞ、禁煙ご苦労」
「ううう、それがあったんでしたっけ……」
「アタテュルクにも一応は喫煙所があるらしいが」
他人事ゆえのザルな情報に京哉が眉間にシワを寄せている間にまた乗り換え、成田国際空港に到着したのは十五時半だった。チケットのチェックインはギリギリと決めて京哉は喫煙ルームで意地汚くチェーンスモークする。
霧島に生温かい目で見られながら瞬く間に半箱近くも灰にした。
更に売店で煙草を買い漁り、本当にギリギリでチェックインカウンターに走った。ここでお姉さんに武器所持許可証を見せる。すると専属の係員がついてセキュリティチェックと出国審査も懐に銃を吊ったまま簡単にクリアできた。
ちょっぴり外交官気分だがスーパーカガミヤのチケットはエコノミーだった。
飛行機に乗り込むと京哉は夢の中で煙草を吸うべく既に寝る態勢に入る。まもなく出航したが京哉は機内食を食す以外は意地でも眠り続けた。
そうして十数時間が経ちアタテュルク国際空港に着いてトランジットとなったが、ここでは機内待機とアナウンスされて京哉の不機嫌は最高潮に高まる。霧島は当たらず障らずといった風だ。
「で、ヒースロー空港からエレガ王国までは、どうやって行くんですか?」
「それも勿論、航空便が出ている筈だ」
再び機上の人となりヒースロー空港に辿り着いたのは現地時間で早朝五時だった。諸々の手続きを終わらせた二人は広大かつ幾つもあるターミナルで手間取りながらも何とかエレガ王国の首都マイザー行き航空便がちゃんと運行しているのを確認する。
出発時刻は午前六時半というタイトなスケジュールで、すぐさま移動開始だ。手続きに再び追われてやっと航空機に辿り着くと、ボーディングブリッジすら繋がっていないそれはビジネスジェットにしても貧相な小型機だった。
周囲にあるのが立派な大型機だけに、その小型機はまるで高級車の中の三輪車のようにも見える。
このヒースロー空港も建物内は禁煙で、当然ながら屋外喫煙所まで出るヒマもなく、苛つく京哉は機体を眺めてあからさまに不満顔をした。
「こんな小型機に乗って本当に大丈夫なんですか?」
「おそらくちゃんと空は飛ぶだろう」
「おそらくって……スーパーカガミヤごと騙されたとかじゃないでしょうね?」
「私に訊かれても知らん。文句はいいから乗るぞ」
タラップ下では男性キャビンアテンダントが目前で言い争う二人の客をじっと見つめて乗り込むのを辛抱強く待っていた。視線に気付いた二人はCAに申し訳ない気がしてザ・日本人といった会釈を繰り返しつつ、チケットのチェックをされてタラップを上がる。
だが小型機内に入ってみて二人は驚いた。やけに間隔の広いシートは全て本革張りで、天井には小型だが凝った細工のシャンデリアが下がり、機体の内張りはゴブラン織りという有名人所有の豪邸のサロンもかくやという様相だったのだ。
最後部席は半円形のソファシートでロウテーブルまで造り付けられ、恰幅のいい中年男が両側に露出度の高いミニチャイナドレスを着た美人を二人侍らせている。
「おい、間違ってプライヴェート機に乗ったんじゃないのか?」
「僕に訊かれても知りませんってば。英語のできる忍さんが訊いて下さいよ」
さすがの霧島も不安になり、タラップを上げドアを閉めたCAに訊いてみた。
「これはいったい、どういうことなんだ?」
何とも要領を得ない質問だったが、訊かれたCAはこういった客に慣れているらしい。スマイルの欠片も浮かべず慇懃な口調で客の疑問に答える。
「時にエレガ王国の王族にもご利用頂くのが当社の機でございます。同じ料金をお支払い頂けば王族とサーヴィスを同じくさせて頂くことにやぶさかではございません」
「へえ、王族さまも乗るんですか、ふうん」
霧島に通訳して貰った京哉は納得して頷いた。だが同時に新たな疑問も湧く。
「忍さん。何でここまでエコノミーで、ここから王族並みなんでしょう?」
「それこそ分からんな。チケットチェックはクリアしたのだし、おそらくスーパーカガミヤの手違いか、それとも空きがこれしかなかったのか。まあ気にしないことだ」
「そうですね。日本は遥か遠いんだし、悪い方に転んだ訳じゃないんだし」
そう言ってはみたけれど、京哉はどうにも背後が気になって落ち着かなかった。
最後部のソファシートでは恰幅のいい男が高級シャンパンを開け、侍らせた女性たちが嬌声を上げていて、そこにだけ古き良き時代の日本のキャバレーを切り取って貼り付けたような具合である。
おまけにミニチャイナドレスの女性の太腿に一瞬目を留めただけで霧島から脇腹をつねり上げられ涙目になった。
だがいい加減に座らない訳にいかないので涙目のまま、指定のシートに収まる。
そうして伊達眼鏡を外し目を擦ってから見回してみたが、客は例の三名に霧島と京哉だけという淋しさだった。
早朝の便というのもあるだろうが、今の自分のように妙な気分になるのを避けて他の客は普通の便を選ぶんじゃないかと京哉は思う。
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