第5話

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第5話

 それでもゆったり座れて遠慮なくリクライニングもできるのは幸いだった。手足を伸ばし、女性の「きゃあきゃあ」という黄色い声をBGMにして、暫し待っているとアナウンスが入って出航だ。  順調にテイクオフしてまもなくシートベルトのサインが消える。 「忍さん、エレガ王国にはどのくらいで着くんですか?」 「首都のマイザーまで約三時間。時差はヒースロー空港からプラス一時間だ」 「はあ、三時間ですか。お酒がいいなら煙草もアリにしてくれませんかね?」 「ラストスパートだ、頑張れ。また寝ていたらどうだ?」  けれどここまでずっと眠っていたので眠気はない。    霧島が付属のTVを点けた。横から覗き込むとアメリカ映画らしい。英語の字幕を何とか読み取ろうと京哉は奮闘する。  霧島を煩わせず現地の人々と意思疎通したいのと、この先を考えるに国外での特別任務がこれきりという保障もないので努力はしておくべきだという真面目な思いからだった。エレガ王国も英語が公用語と一ノ瀬本部長から聞いている。  だが京哉は情けないほどの英語力しか持ち合わせがなく霧島に頼るしかない。機会を見つけて勉強するのみである。度胸と単語だけでも意外に通じるのも経験済みだが霧島のような流暢なネイティヴは憧れだ。  そうして煙草のことを思考から追い出すべく字幕に熱中していた、その時だった。 「この機は我々が乗っ取った!」 「死にたくなければ無駄な抵抗をするんじゃないぞ!」  狭い機内に大声を響かせ、更にサブマシンガンでの一連射を披露したのはCAの男と副操縦士席から立ち上がったコ・パイロットだった。こちらを振り向いたパイロットまでがハンドガンを手にして嗤っている。  追加で場違いなくらい軽快な連射音がして天井のシャンデリアが砕かれた。僅かに光量は減ったが他にもシャンデリアはある。  早口の英語など全く理解できない京哉だったが状況は明らかで、だが乗務員全員が強盗(タタキ)に化けるとは、なかなか出遭えないシチュエーションだと思う。  そこで疑問が湧いて隣席の霧島をつついた。 「ねえ、忍さん。これってタタキなんでしょうか、それともハイジャック?」 「国際法的にはどうなのだろうな、私にも分からん。ハイジャックも何も最初からあの三名が機を維持していたからな」 「まあ、そうですけど。でも忍さんの言った通り厄介事に出遭っちゃいましたね」  まるで自分のせいにされた気がして霧島は少々機嫌を悪くする。 「私ではなく本部長だ、『現場運』とか余計なことを言い出したのは」 「どっちでも構いませんけど、特別任務がただの旅行で終わると思う方が甘かったんでしょうかね。あ、パイロットさんも立っちゃってるし大丈夫でしょうか?」 「知らん。全く、だから私は特別任務というだけで嫌だったんだ。私の辞書には『特別任務:災厄を背負い込むの意』と載せて久しいぞ」  うんうんと頷く京哉は日本語だからいいやとばかりに気の抜けた声で喋り続けた。 「僕らはこんなに平和を愛してるのに、何でかなあ。ところでパイロットさんが両方コックピットを外しちゃったんですけど……?」 「知らんと言っている。だがこの機にもオートパイロットくらい付いているだろう」 「墜ちないのならいいですけど。冬の海は寒そうですしね」  特別任務で幾度も修羅場をくぐり抜けてきた二人にはまるで緊張感が欠けていた。でもここでは幸い財力も欠けていたので、タタキ三名は庶民用シートに腰掛けた霧島と京哉には興味を示さなかった。  日本国内では霧島カンパニー会長御曹司が身内である霧島カンパニーにガサ入れしたあの件絡みで週刊誌に載ったり、県警本部の記者発表でまともに顔を晒したりと有名人の霧島である。  だが今の霧島はしがない耐乏官品、いや、名もなき東洋人でしかない。  男たちは真っ直ぐ最後部のソファシートに向かうと、恰幅のいい中年男に対してサブマシンガンの銃口を振り向けた。中年男と侍った女性たちは顔色を蒼白にする。 「カード、宝石、現金その他、金目のものを惜しまず全て出せ!」 「出し惜しみすると、この機から放り出すぞ!」  この程度の英語なら京哉にも何となく理解できる。というより殆ど雰囲気で彼らの主張は嫌でも伝わってきた。しかし理解できても何が変わる訳でもなく相変わらずの傍観者だ。相手にされていないのだから敢えて参加することもない。 「だが余程、私たちはカネを持っていないように見えるらしいな」 「いいじゃないですか、胸を張って清貧でいましょうよ」  二人が小声で囁く間にも、タタキ三名はサブマシンガンとハンドガンの威嚇発射を繰り返した。無論それは機内でのテロリスト制圧用に使われる、壁などの固い物体に当たるとこなごなに砕けて機体を損傷から護るフランジブル弾などではない。 「こんな所で撃ちまくって、あの男たちは馬鹿か。いい加減に機に穴が開くぞ」 「ってゆうか、こんな所でタタキなんかしても着いたら捕まっちゃうのに」 「映画のようにパラシュートで逃げるんじゃないのか?」 「そんな、まさか」  まもなく懸念は現実となる。本当に機体に穴が開いたらしく、機内に白いモヤが発生したのだ。同時に酸素マスクも落下してくる。  だがタタキだか何だか分からないパイロットたちは酸素マスクを着けない。それを身取っているうちに急減圧によって発生したモヤはあっという間に濃くなり、誰もの視界を遮ってしまう。  霧島と京哉もモヤを透かして状況を把握するのに苦労した。一応、訳も分からないうちに低酸素で死ぬのは拙いので二人は酸素マスクを着けて様子見だ。  しかし様子見する傍観者を無視して事態は進行していた。そこでまさかの行動を取ったのはタタキ三人ではなく恰幅のいい中年男と女性二名の計三名だったのだ。  後部にあったスイッチを押して勝手にタラップドアを開けると、何とそこからいきなりダイビングを敢行してしまったのである。  ドアが開いたことで一気にモヤは晴れ、後部の客だった男女三名がいないことに気付いた霧島と京哉は慌てて窓から外を見る。すると海に向かって綺麗に開いたパラシュートが三つ、ふわふわと下降していくのが目に映った。  更に機内後部に視線を移動すると、強風に煽られ顔を変形させたタタキ三名がマヌケにもソファシートにしがみついていた。  けれどタタキ三名は立ち直りも早かった。スイッチを押してタラップドアを閉めると行きがけの駄賃とでも思ったのか、今度こそ霧島と京哉に銃口を振り向けたのである。  サブマシンガンで斉射されたらアウト、獲物に逃げられる前に血塗れのボロ雑巾にしてから荷物をゆっくり改めても向こうは構わないのだ。  先手必勝で霧島が叫ぶ。 「京哉、やるぞ!」 「はいっ!」  見切りも早く霧島は酸素マスクを外し、左の懐からシグ・ザウエルを抜き撃った。同時に京哉もマスクを毟り取るとお揃いの銃のトリガを引いている。  放たれた九ミリパラは狙い違わずサブマシンガンをこちらに向けたタタキ二名の右肩にヒット。続けて霧島は流れるような二射目をハンドガンのタタキの右肩にも浴びせた。  コンマ数秒間で制圧は完了、全てジャスティスショットである。
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