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まあ怖いわな。あんな図体のでかい、目つきの悪いヤツがこっち向かって歩いて来てたら。
ヒカルは俺以外のアルファは、俺の親父か兄貴くらいしか見たことないから、驚いてんのかなって、そう思ってたら急にヒカルが泣き出したんだ。
——そうあのヒカルが。
何やってもニコニコのヒカルが泣いてるんだ。
思わず目を見張ったよ。何で泣いてんのか俺にはさっぱり分からなかった。
そんなに宮前が怖かったのかって思ったら、案の定宮前も固まったみたいにして車庫の前に立ちすくんでた。
それで俺、気づいたんだ。
宮前が見てたの、俺じゃなくて後ろにいたヒカルだったって。
ヒカルは宮前から全く目を離さず、ボロボロ涙を溢してた。そんで、俺の方なんか全然見ずにこう言った。
「——ごめん、ヨウくん。俺、運命の番を見つけちゃった」
「は? 何言って——」
運命の番とは、アルファとオメガの間にある運命の赤い糸のようなもので、出会ってしまうと抗えない不可抗力のようなもの。一生に一度出会えるかどうかってやつで、出会えないやつの方が遥かに多い。
だから俺はそんなもの信じてなかった。
急におとぎ話みたいなこと言い出したヒカルに、頭がおかしくなったのかとさえ思った。
だけど宮前がこっちに近づいた瞬間、ヒカルからブワッと何かすごい濃い匂いが噴き出した。
初めて嗅ぐ匂い。頭の中が痺れるような甘い匂い。
——これはたぶん、いや絶対、オメガのフェロモンだ。
ヒカルから溢れる、アルファを支配しようとする、麻薬のような強いフェロモンの匂い。
そこで俺はようやく悟ったんだ。
宮前がヒカルの運命の番で、宮前に出会ったことでヒカルに初めてヒートが訪れたことを。
俺は信じられなかった。
でもヒカルにヒートがきたことは真実で。
俺はヒカルに何も言えなかった。
激しいヒートに、近くにいた俺は一瞬飲み込まれそうになったが、不思議なことに俺は発情せず、宮前が急いで泣くヒカルを抱きかかえて自分の車に乗せて連れていくのを、俺はただぼんやりと眺めていた。
そして1人取り残された俺は、運転手の「坊ちゃん!」と呼ぶ声を最後に、俺の記憶はぷっつりと途絶え、気がついたら自分の部屋でぼうっとしてた。
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