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斗貴哉様との結婚
「陽太郎、ちょっと話があるんだが、いいか」
大学の入学式を一週間後に控えた日の夜、ずっと引きこもってスマホゲームばかりしていた俺に、親父が珍しく声をかけてきた。
「なに」
「いいから、居間に来なさい」
この時俺はてっきり引きこもってることについて、何か言われるのかと思った。
卒業式に出なかったんだから、入学式はちゃんと行きなさいとかね。まあ、進学先の大学にはがよかった奴はいないし、新しい出会いもあるかもだから行くつもりだったけど。
久々にお小言かなーと思いつつ、下に降りていくと珍しく両親2人揃って待ってた。こりゃいよいよ厳しめのお説教かと、内心冷や汗ダラダラの状態で、俺は2人の前の椅子に座った。
「で、何? 心配なんかしなくても入学式には……」
怒られる前にと先手を打とうとした俺に、親父が返した言葉は意外なものだった。
「——入学式もそうだが……、陽太郎。お前に縁談が来た」
「——は?」
縁談?
まさか? もう?
あのことがあってまだ1ヶ月とかそれくらいなのに、もう俺に縁談がくるとは。
やけに早いんだけど。
「いや、でも俺——」
「ヒカルくんのことがあってから、母さんとお前に似合いの人がいないか探していたんだ。こちらとしてもヒカルくんに執着する気もないしな。ほら、最近はオメガは希少だし、良縁を結ぶのもなかなか骨が折れる。だからこういうことは早いほうがいいだろうと、オメガの子供さんのいるご家庭にいくつか声をかけさせてもらっていたんだ。そうしたら早々に良いお話をいただいてね。今度は家柄といい申し分ない方だ。ただ、その相手というのが——」
いつもなんでもシンプルにはっきり物を言う親父が、珍しく言葉数多めでさらに言い淀む。
さすがの俺も、バツイチだとか何かいわく付きの相手なのかと、身構えた。
「……その、相手というのがだな、花咲家の斗貴哉くんだ」
「え——?」
(と、斗貴哉様!?)
「う、嘘、なんで……だって斗貴哉様は」
斗貴哉様は宮前の婚約者だ。
——いや、ああそうだった。宮前は斗貴哉様を捨ててヒカルを選んだんだった。
ヒカルが運命の番だから、宮前はあの斗貴哉様を捨ててヒカルを取ったんだ。
(——宮間のこと思い出すと、すっげーイラつくな)
俺の中で怒りが再燃する。握っていた拳をさらに強く握り締めたせいで、手のひらに爪の食い込んだ。
「その……斗貴哉くんもちょうど縁談が解消になってね。まあ陽太郎も知っているかとは思うんだが……。あちらもこちらの事情をご存じで、まだお相手の候補がいないなら是非にと」
「陽太郎、斗貴哉くんはちょっと年上だけど、花咲家といえば元華族の立派な家柄だし、次のお相手として申し分はないと思うの。ただ、ただね、その……できればあなたを養子にって」
(よ、養子!? マジで? 婿養子ってこと!?)
「え、え? なんで? 俺が養子になんの!?」
「ええ、そうなのよ。最初は養子と聞いてお断りしようって言っていたんだけどね。将来を考えると、花咲家と接点ができることは財閥にとって有利に働くだろうし、花咲には上に3人のお兄様もいらっしゃるから、婿養子にきても志久の家の仕事をしてもらって大丈夫だっておっしゃられて」
にっこりと笑う母。
この母の笑顔ほど怖いものはない。この家で一番強いのは、父でも兄でも俺でもない。この母なのだ。
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