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そんなヒカルに、俺はちょっと意地悪な気持ちになって、俺は支度に時間をかけた。
今日着ていく服はもう用意してあったし、本当なら30分もあれば終わるんだけど、シャワー浴びたり、髪のセットに時間をかけたりして、終わったのはそれから1時間経った後。
荷物を持って下に降りると、ヒカルは玄関ホールの脇にある椅子にぽつんと座ってた。
お手伝いさんがジュースでも出したんだろう、手には中身の残ってない空のコップ。
「わり、待たせた」
荷物を持ち階段を降りながら声をかけると、やっぱりヒカルは怒らず、ニコッて笑った。
「じゃいこ! ヨウくん」
コップをサイドテーブルに置いたヒカルは、椅子から立ち上がり荷物を持つと、俺に手を差し出した。俺は躊躇なくその手を繋いで、玄関から外へ出た。
家の中は空調がきいてて暖かかったけど、やっぱ外はまだ寒い。外気で手の甲が冷えてきても、手のひらだけは繋いだヒカルの体温がじんわり広がって心地いい。
俺とヒカルは手を繋いだまま、広い前庭の間を突っ切る長いアプローチを抜け、車庫へと歩いていく。
今日は空港までは、ウチの車で行く予定だ。
俺が時間にルーズなのを使用人はみんなよくわかってて、2時間近く予定がずれた今もちゃんと運転手は待っててくれている。
まあこいつらもこれが仕事なんだから当然っちゃ当然か。
裏から車庫に入って、待っていた運転手に荷物を手渡す。
運転手が荷物をトランクにいれ、車庫の自動シャッターを開けた時、ちょうどうちの家の前に見知らぬ車が横付けされたのが見えた。
「……来客でしょうか。ちょっと要件を伺ってきますね。陽太郎坊ちゃん、こちらで少々お待ちになってください」
今日誰かが来るとは聞いていない。急な来客か、はたまたただの路駐かってとこだけど、俺はちょっと気になって、車には乗らずに外に停まった車を見ていた。
うちにアポなしで来る客なんか俺の友達くらいだし、ただの路駐だろうけどさ。それにしてはちょっとかっこいい車だなって思って。新車で500万以上する黒のSUV。
うちじゃああいう車使わないから、ちょっと物珍しいんだよな。俺もそろそろ免許取りたいしさ、車買うならあーいうオシャレでかっこいいやつがいいなって、常々思ってたんだよな。
だからどんな奴が乗ってんのかなんとなく気になって、車の外に立ったまま成り行きを眺めてた。
そしたらウチの運転手が運転席に乗ってるヤツと何か会話した後、なぜか慌てたように頭を下げたんだ。まるで謝ってるかのように。
何やってんだって思って見てたら、運転席のドアが開いて、出てきたのはなんとサングラスをかけた宮前だった。
「は? 宮前? なんで」
宮前はウチの運転手に向かってもういいからみたいな仕草をすると、サングラスを外し、こっちを見た。
宮前と視線がぶつかる。なぜだか俺の体が反射的にビクッと震えた。
……そういえば宮前は昨日、俺に会いに行くって言っていた。
でもさ俺今日はデートだって言ったし。ちゃんと断ったし! だいたい何の用で来るんだよ!
宮前がこっちに向かってまっすぐ歩いてくるが、誰も止める者はいない。
なんだか面倒なことになったし、とりあえず後ろにいるヒカルだけでも車に乗せて、もう出かけるアピールでもしようかって思って、俺はヒカルの方を見た。
そしたらさ、ヒカルのヤツ、宮前を見つめてた。
——目の前にいる俺がなんか視界に入らないくらい、まっすぐに。
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