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出会いと波
転入初日、詩歩は着慣れないブラウスにセーラー服という姿で中学校にやってきた。
「本人から聞いたけど、お母さんもこの学校の卒業生なんだって?」
教室へと向かう廊下で、担任の有原幸助が前を歩きながら詩歩に話を振ってきた。
「たしか、そのはずです」
詩歩は不愛想に答えながら、合唱部の友人みたいな生徒がいないことを心の中で願っていた。
「おーい、席に着けー」
有原はある教室のドアを開けて叫ぶ。有原の一声で、教室中にパタパタと急ぐ音が響く。
詩歩は有原に続いて、教室へと足を踏み入れた。席に着いた生徒のザワザワと静かに騒ぐ声が教室に広がる。しかし、有原が出席簿を手で叩いて注意を引いた。
「静かに!今年このクラスの担任になった数学担当の有原だ。今日は朝のホームルームを始める前に、転校生も紹介するぞ」
静まり返る教室に有原の声だけが響いた。そして有原は、呆然としていた詩歩に自己紹介をするように促してきた。
「あ、えっと、赤坂詩歩です。よろしくお願いします」
急に話を振られた詩歩は、慌てて自己紹介をして頭を下げる。その後、まばらだった拍手の音が教室内に広がった。
「クラス替えはしたけど、ニクラスしかないから代わり映えしない。そんなうちの学年の新しい仲間だからな、色々教えてやってくれ」
拍手が止んでから、有原は教室を見回しながら話す。それに生徒は、はーいと返事をした。
「じゃあ、赤坂は後ろの空いてる席に座って」
「はい」
頷いた詩歩は、有原が指さす一番後ろの左端の空席に座った。そして、隣に並んで座る生徒たちを見る。詩歩のすぐ隣は面倒見の良さそうな明るい女子だ。
「私、瀬川やよいっていうの。分からないことがあったら、なんでも聞いてね」
やよいと名乗った彼女は、様子を窺っていた詩歩に笑いかける。話しかけられて驚いた詩歩だったが、戸惑いながらも頷く。
「う、うん。よろしく」
会話が苦手で不愛想な言い方になってしまったと後悔する詩歩だが、やよいは気にしていないようだった。詩歩に、こちらこそよろしくねと笑いかけてきた。
詩歩とやよいはホームルームを始めていた有原の話聞こうと、お互い向き合っていた体を前に直した。有原の話を聞こうとする詩歩だが、やよいの隣の席に座っている男子とその前の席の男子がずっと詩歩のほうを見ながら小声で話しているのが気になって仕方がない。
やよいの隣の席の男子は、学ランを着崩して上履きもかかとをつぶして履いている。そして、小声にもかかわらずはっきりと話し声が聞こえる。詩歩の苦手なタイプの男子だ。
「辿真、赤坂さんが引いてるじゃない。静かに先生の話を聞いてよ」
詩歩が彼のほうを見ているのに気づいたやよいは、話し続けている彼の肩をつついて注意した。
「えっ、やば。聞こえてた?」
「あんたの声は小声でもはっきり聞こえんのよ」
やよいに辿真と呼ばれた男子は、やよいのほうを見てごまかすかのように笑う。そんな辿真にやよいは呆れている。
「おーい。そこ、いい加減私語をやめろ」
「すみませーん」
怒りを越えて呆れた様子の有原が、二人の会話を遮った。謝った後の二人はもう有原の話を真面目に聞いている。詩歩は、この光景が日常茶飯事なのだろうかとやよいたちのやり取りを見ながら思った。
「赤坂さん、ごめんね。あいつは菊池辿真っていうんだ。根は良い奴だけど、よくふざけたりすんの。辿真に何かされたり言われたりしたらやっつけるから、私に言って」
「あ。う、うん」
有原の話に耳を傾けていると、やよいが有原に気づかれないように辿真の紹介をしてきた。詩歩は急に話しかけられて戸惑いながらも返事をした。
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