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しばらく詩歩のことに興味を持つ生徒が話しかけてくる日々が続くが、それは一週間も経たないで減っていった。
代わりに六月を過ぎてから周りの女子が陰口を言っているように感じるようになる。同時に、衣替えで変わった制服の紐リボンがいつの間にかなくなっていることも増えていく。
詩歩は、雨音で目が覚めた。壁に掛けてある時計を確認すると、ちょうど六時を指している。布団から出て、布団を畳み押し入れにしまう。それから、半袖のブラウスに腕を通す。六月になって衣替えをしたから夏服になったのだ。スカートを履いてから、詩歩は頷いてスクールバックを手に取った。
「おはよう。お母さん、おばあちゃん」
居間に行ってテーブル脇にバックを置いてから、台所にいた母親と祖母に声をかける。
「おはよう、詩歩」
「今日は少し早起きだねぇ」
二人は手を止めて詩歩を見る。
「雨の音で目が覚めちゃったの」
詩歩は話しながら台所を通り、洗面所に向かう。
「梅雨に入ったらしいわよ。早めに学校に行くと良いんじゃない?」
「そうなの?うーん、それならそうしようかな」
止めていた手を動かしながら話す母親の言葉に、顔を洗っていた詩歩は答える。
「何か手伝おうか?」
顔をふいた詩歩は軽く伸びをしながら母親のもとへと向かう。向き合った詩歩と母親だが、母親は呆れ顔だ。以前もこの顔を見たような気がすると思い返している詩歩に、母親はため息をついた。
「……詩歩、またリボンをつけ忘れてるわよ」
母親は詩歩の襟元を指さす。
「あっ!前は引っかけるタイプだったのが、普通の紐になっちゃうんだもん。そのせいか、忘れちゃうんだよね」
「言い訳はいいから、忘れないうちにつけてきなさい」
詩歩は、未だに夏服のリボンだけは慣れてなくて、指摘されるまで気づかないのだ。
「はーい」
詩歩は返事をしながら、部屋に戻ってリボンをつける。
詩歩が居間に向かうと父親と祖父がいて、テーブルにはもうすでに朝ごはんが並んでいた。
「あ、お父さんとおじいちゃんもおはよう。朝ごはん、もうできてたの?」
「おはよう、詩歩」
詩歩がテーブルの前に座ると、父親と祖父は挨拶を返す。
「手伝いは片付けね。とりあえず、食べましょう」
「分かった。いただきます」
母親と祖母も来て、みんなでごはんを食べ始めた。
「詩歩、傘忘れずに持っていってね」
「分かってる。……いってきます」
詩歩は靴を履いてから、見送る母親に言われて傘を手に持つ。そして、玄関の引き戸を開ける。
「あら、さっきまでの元気はどこにいったの。もしかして、学校で何かあった?」
ご飯後の片付けから急に黙ったのを心配してか、出ようとする詩歩を引き留めた。外に出ようとしていた詩歩は、足を止めて振り返る。
「え、そんなことないよ。落ち着けるから良いよ。雨が嫌なだけ」
「そう?梅雨はお母さんも嫌だわ。気をつけて行くのよ」
普段通りの振る舞いを意識しながら笑顔で話す詩歩に、母親も玄関先から見える空を見上げながら言う。
「うん」
頷いた詩歩は傘を開いて、さしながら中学校へと駆け出した。
「転ばないようにしなさいよ!」
遠くなっていく母親の声を聞きながら、詩歩は傘の柄を強く握った。
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