出会いと波

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 中学校の場所は、五分もかからないところにある。だから、詩歩は濡れても平気だと考えることも多い。しかし、家族に心配されると面倒になるため、詩歩は家族の前では言うことを聞くようにしている。  教室に入り席に着くと、ちょうどチャイムが鳴った。 「おはよう、赤坂さん」  息を整える詩歩に、やよいが笑顔で声をかけてくる。 「おはよう」  詩歩はやよいの顔をチラッと見て返事をしてから、すぐに前を向いた。転校初日以来、教科書を一緒に見るだけであまり深く関わらなくなっていた。 「席に着けー」  少し経ってから、有原が入ってきた。それで、話したがっていたやよいは詩歩に声をかけなかった。  ホームルームの授業が始まり、有原は正方形の箱らしきものを持って教室に来た。 「今日のホームルームは席替えをするぞ」  有原が話し終える前に、待ちわびていたかのようにクラス中で歓声が起こる。そんな中、一番後ろの列の席に座る詩歩たち三人の間には沈んだ空気が流れていた。 「あれ。辿真がテンション低めなの、珍しいね」  静かな辿真に気づいたやよいが、顔を伏せていた辿真に話しかける。それで、詩歩も辿真の様子が変なことに気づいた。 「んー。もう疲れたなって……」  辿真は呟くようにそう言いかけて、やめた。そして、詩歩とやよいのほうを我に返った様子で見る。詩歩とやよいは耳を疑って目を丸くする。 「あ、いや。席替えがめんどいんだよ。だって、この席が一番良いじゃん。だから、席替えしなくて良いのになぁって思っただけだから」  辿真は慌てた様子で話す。詩歩とやよいは顔を見合わせた。その時、詩歩は久しぶりにやよいの顔をしっかり見たと感じる。 「なーんだ。らしくないこと言うから心配しそうになったじゃん」  辿真の言葉を聞いて、やよいは呆れながら言う。  詩歩は、辿真も誰にも言えない悩みがあるのだろうかと考えた。 「くじの箱を回すから一枚ずつ引いていけ。中身は見ないように」  三人が話していると、有原は説明をしながら箱を回し始めていた。 「二ヶ月しか隣同士じゃなかったから、またこの三人で隣になれると良いね」  やよいは詩歩のほうを見て、優しく笑った。 「またこの並びは、ありえないだろ」  やよいの言葉に辿真は呆れて呟いていた。  くじを引いて席を変えると、詩歩の隣は辿真だった。やよいは離れてしまった。周りの生徒は楽しそうに会話をしているが、詩歩は黙ったままの辿真のことが怖くて気まずく感じていた。 「えっと、菊池くん。よろしく」 「よろしく」  耐えられずに詩歩が話しかけると、辿真はぶっきらぼうに返事をしてから近くの男子と話し始めた。 「まぁ。色々言いたいことはあると思うけど、とりあえず二ヶ月は替えないつもりだから慣れてくれ。何か言いたければ、直接先生に言いに来い」 有原がそう言って、ホームルームは終わった。  放課後になると、学校は解放感で満ちていく。教室に残っておしゃべりしている生徒、部活に行く生徒、帰宅する生徒。 「転校生、ざまぁ。菊池の隣で、仲の良かったやよいとは離れてんじゃん」 「すまし顔がどんな顔になるのかなぁっと」  詩歩が帰宅の準備をしていると、周りから女子の声が聞こえてきた。詩歩が隣を見ると辿真はいない。女子はそこを狙って、話しているのだろう。やよいの席を見ると、彼女ももう教室にはいなかった。  女子の相手をしていたら自分がつらくなることを予想できた詩歩は、彼女たちを無視して教室を出ようとする。しかし、詩歩の目の前に数人の女子が立ちふさがる。 「ちょっと、赤坂さん」  立ちふさがったリーダー格の小川(おがわ)千春(ちはる)が話す。 「なん、ですか?」  怖くなった詩歩だが、ゆっくりと顔をあげる。 「トイレに忘れものあるよ」  千春は淡々と話している。周りの女子たちは何か知っているのか、クスクスと笑ったり堪えたりしている。 「え、忘れもの?」  詩歩は言葉を繰り返して、思い返す。一番に思いついたのは、リボンの行方だ。失くさないように気をつけているはずなのに、最近見当たらないことが多くなっていた。 「え、え?」  詩歩は青ざめた顔で千春たちを押し切り、トイレへと駆け込む。個室を順番に開けて、最後の個室の便器内でそれを見つけた。給食後にジャージに着替えて制服はバックの中のはずだ。それなのに、便器には詩歩のリボンがくっついていた。  詩歩は、ゆっくりとリボンを手に取ってそのまま動けない。 「流されずに済んで良かったね」 「何度かリボン忘れてるところを見たことがあったけど、まさかトイレのこんなところに忘れるなんてねぇ」  何も言わない詩歩に、女子は口々に笑いながら言っている。 「もうこんなところに忘れないでね。それだけ、伝えたかったの」  そう言い残して、千春たちは去っていった。静かになったトイレには、詩歩の嗚咽だけが静かに響き始める。 「なんで、どうして……」  詩歩はフラッシュバックしそうな合唱部での記憶を思い出さないように耐えようと、しばらくしゃがみ込んで動けずにいた。
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