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次に彼女と出会ったのは文化祭だった。私は空き時間に彼と文化祭をまわっていたが、彼が友達に呼ばれて一人になったときがあった。せっかくなので、自分の書道の作品を見に行く。
たまにしか書かないわりには、よくできたと思う。私の書く筆の線は太くて激しい。荒々しいとも言える。丁寧に書いているつもりなのに、なぜか感情が浮き彫りになり攻撃的になる。先生にはそこが長所であり、学ぶべき点でもあると言われた。
書く文字によっては激しすぎるのだという。もっと、丁寧かつ穏やかで滑らかに書かなくてはいけないこともある。
「穏やかにねぇ」
私の心の安寧はどこにあるのだろうか。心が安定すれば、もっと穏やかな字が書けるのかもしれない。しかし本当に穏やかな字を書きたいと思っているのか、自分でもわかりかねていた。
「上手だね」
いつの間にか、隣に彼女が立っていた。演劇部の例の彼女だ。
「私がどれを書いたかわかるんですか?」
名前を教えたことはない。もちろんそのときは、私も彼女の名前を知らなかったし。
「わかるよ。それでしょう」
指を差した先には、紛れもなく私の作品が飾られていた。
「名前教えたことありましたっけ?」
「同じ学年じゃん」
同じ学年であることも初めて知ったし、同じ学年だからといって名前を知られているのも納得がいかない。
「そう……なんですね」
「今は隣のクラスだし」
全然知らなかった。
「ごめんなさい、知りませんでした」
「だろうね。森生さんの彼氏と同じクラスだよ」
なるほど、ようやく合点がいった。
「四組なんですね」
「そ。敬語やめてよ。同い年なんだから」
「はぁ……もしかして、彼氏に何か聞きま……聞いた?」
「ううん、何も。話したこともないし」
んん?と私は首を捻った。ではなぜ私の名前を知っているのだろうか。もしかして、密かに私の彼に思いを寄せているとか……
「何か変なこと考えてる?あなたの彼には興味ないから安心して」
「え、そうなの?もしかしたらって思って」
「違う違う。好みじゃない」
「はは、よかった」
よかった、と笑ったものの、本当は別にどうでもよかった。彼が誰かに好かれていたとしても気にしないし、彼が他の誰かを好きになっても仕方ないと思っていた。別れたらまた新しい誰かを探せばよい。
「演劇部、だよね?」
「そうそう。今日、舞台出るからよかったら見に来てね。一応主役だよ」
そう言い残して、彼女はさっさと人混みの中へと溶け込んで行った。こんなに美人なのに、すぐに人混みに紛れてしまえるのが不思議だった。スタイルだけでもものすごく目立つ上に、後ろ姿も生きた絵画のようだった。
入れ違いに彼氏が戻ってきた。
「あれ、円華さんと知り合い?」
「ううん、今日初めてしゃべった。円華さんって言うの?」
「うん。円華由羽さん。美人だよね。でもとっつきにくい感じでクラスの数人としか話さないよ。オレも話したことないし」
やっぱりそうなんだ。彼氏とは同じクラスなだけ……首を傾げながらも、結局彼女が主演していたという劇も見に行かずにその日は終わった。
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