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出会い
突然目の前に現れた男の子が、目の前で盛大に転んだ。
地べたに這いつくばって、もぞもぞして、なんだか様子が変だ。
そのすぐ脇を止まる気配のない大人の足が次々と通り過ぎていく。皆、手元のスマホばかり見て、足もとの異変に気づいていない。
いや、本当は気づいているはずだ。なぜなら、誰もがその男の子を避けて通り過ぎていくからだ。
ハナコはその光景に虚しさと嫌悪感を抱いたけれど、ため息に混ぜ込んでふうと吐き出し、男の子のそばへ駆け寄った。
「あんた、大丈夫?」
掛けられた声に驚いたのか、男の子はピタリと動きを止めた。しかし次の瞬間にはふわりと浮くように立ち上がる。
その動作に重力を感じなかったハナコは細かく瞬きして目を擦ってみる。しかし、男の子は何事も無かったように服についた細かな砂利をはたき落としている。
何かの気のせいだったのだろう。
ふと、ハナコは足もとで光るモノに気がついて拾い上げた。それはあまり見かけない色形をしたペンダントだった。
まるでローマングラスのように艶麗に彩る丸いチャームにはスズランの花が浅く彫ってある。
この男の子の落とし物なのか、でも小学校低学年くらいの子がこんな大人びた高価そうなものを持ち歩くだろうか。
「アー、アー。アー……ぅ、ヴんッ!」
突然の大きな声にビクリと肩が揺れた。刮目して、男の子が急に発声練習を始めた理由を探す。
「え、えと……? だ、だいじょぶ?」
「アー……だ、あ、じよ……ぉ、んん!!」
男の子は言葉がうまく出てこないのか、歯がゆそうに頭を掻いた。
「うんと……、お母さんとはぐれちゃった?」
心配して覗き込む。すると、まだあどけなさの残る丸みをおびた輪郭の中に、少し垂れた目が印象的な可愛らしい顔を、苦虫を噛み潰したような表情に変えてハナコを見返した。
どれだけ顔を歪めたって、白よりも黒の占める面積の広いその瞳は、吸い込まれそうなほどに澄んでいて、懐かしいような、泣きたくなるような、不思議な感覚がハナコを覆った。
ずっとずっと見ていたい。そんな感情が湧き出てくる。
けれど、彼はすぐにプイと顔を背けてしまった。
「一緒に探してあげるよ?」
ショルダーバッグからスマホを取り出し迷子情報へアクセスしていると、男の子はハナコの顔の前にスッと手のひらを出して小さな壁を作った。
「ダイジョウブれす。ごぉしんぱい、なく。……おぉっ!」
なんだ喋れるじゃん、と思ったけれど、喋れたことに一番驚いているのは男の子の方で、どういう訳か嬉しそうに顔を綻ばせている。
笑った顔は、やはりというか想像以上に可愛くて、若干の疑問と不思議を抱きつつも、内心少しホッとして自分の顔も綻んでいく。
そんなハナコの眼差しに気づいたのか、さっと表情を作り直し、すまし顔でハナコに向かって付け加えた。
「僕、子どもぢゃないんで」
ポカンと口を開け目をパチクリさせながら、男の子の頭のてっぺんから足の先までを、行ったり来たりして見やる。
何を言い出すかと思えば、どこからどう見ても姿かたちまるっと子どもでしょ、とハナコはぷっと吹き出して笑った。
男の子は眉尻を釣り上げ口を尖らせた。
「あ、ごめんごめん。可笑しくてつい。とりあえずさ、何か飲もうか」
道の端に立つ青い自動販売機を指差すと、男の子は渋い表情を変えることなくコクコクと頷いた。
「あたしはハナコ。あんた名前は?」
「……タロオ」
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