タロオ

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タロオ

「え? 大蛇? 地下に? ぬし? 東京の?」 歩行者と車両の走行を隔てるフェンスにもたれかかって、再び弾けるように笑いだしたハナコは、息継ぎのタイミングを失って苦しそうに悶ている。 一方のタロオは、至極真剣に話したことを笑われ、言うんじゃなかったと頬を膨らませ苦渋顔が再来していた。 しかしそれはもう、ヘソを曲げた可愛らしい男の子のそれでしかなかったけれど。 「はあ、苦し、笑った笑った。誰から聞いたのそんなデマ。あのねえ、ぼく、東京の地下には電車があるのよ」 タロオは手に余計な力が入っていくのを感じた。汗をかいているアルミ缶が小さくベコベコ音をたてる。 とにかくその『ぼく』はやめてほしい。文句を言うため口を開くと、言葉を取り出す前にハナコは両手を腰に当て、タロオの斜め後ろを指差した。 「あそこが地下鉄への入口。東京メトロって看板あるでしょ」 開けた口をそのままに、指先をなぞる様に仰ぎ見る。そこには、ぽかりと口を開けた、地中へと続くであろう入口が見える。 そこに掲げられた、青く淡く光る看板。 タロオはぱくっと口を閉じ、吸い込まれるようにそこへ向かった。 「え、行くの? ちょっと」 慌てるハナコはお構い無しに、タロオは歩行速度をあげる。 握っていたアルミ缶はゴミ箱へ移動させた。五メートルほど向こうにあるゴミ箱が勝手にガコンと揺れた。 タロオが階段の縁に立つと、地面が口を開いて呼吸するように吸い込み吐き出される風が頬を撫でていく。 ここが地下への入口。 地上は、空は、宇宙は、どこまでも果てしなく広いのに、わざわざ暗く狭い地下へ誘導する階段を見下ろして、タロオはニヤリとほくそ笑んだ。 一人、二人と地中へ吸い込まれる人の後ろ姿を見送る。 後続の人が、迷惑そうにタロオを避けて通る。 「ねえ、止めときなよ、また転ぶよ?」 耳はハナコの声を拾った。振り向くとすぐ後ろにその姿はあった。 「ご心配なく」 言語の習得など容易かった。 でもそんなことはどうでもいい。それより、ここへ来た目的を果たさなければ。 「ねえってば」 「ついてこなくていい」 ピロロ。 タロオの言葉は電子音に遮られる。ハナコはポシェットに手を突っ込み、手のひらサイズの板状の機械を取り出した。 ハナコに届いているのか否か推し量れなかった言葉も、鳴った電子音もタロオは特段気に留めなかった。 しかし、ふと気づけば周囲のすべての人が同じような機械を握りしめ覗き込んでいる。 それはまるで下半身のみ動く蝋人形のようで、無表情のその群れは、流石にタロオの目にも異様に映った。 ギョロリと目を見張って彼らは何を見て、何を思うのか、感情が全く読めない。 足は確実に地を踏んでいくのに前を見ていない。 自らの向かう先を見据えなくて、どう生きると言うのか。 あの噂が本当であれば、この先は恐ろしい場所だというのに。 いや、彼らは、恐ろしい場所ヘ向かうからこそ目を逸らしている。現実から目を逸らしてまで向かおうとする闇。そこへ向かう理由を知りたい。 呼吸が辛くなってやけに密度が上がったな、と周囲を見回した次の瞬間、タロオははっと息を呑んだ。 突如として現れたおびただしい数の人に隙間なく囲まれている。 ――――いつの間に。 視線を高速で四方へ動かし、危険回避方法を導き出すために思考をめぐらせる。しかし、小さな身体では立ち止まる事さえ出来ずに、次々に押し寄せる人に巻き込まれ、そしてそのまま、薄暗い地下の奥へ奥へと押し込まれていく。 いや、これは引きずりこまれている。 そう確信するまで時間が掛かりすぎてしまった。 うまく身動きが取れず、重力感知レベルを下げて脱出を試みるも、集中力を欠いてうまくいかない。 狭い、苦しい、痛い、抗えない。 もがけばもがくほど、雁字搦めになるようだった。数分も経たぬうちに、ふいに人の波の行き着く先から巨大な何かが見え隠れし始めた。 隙間から辛うじて望めたその物体。 タロオは目を見開き背筋を凍らせた。 常闇から姿を現したのは、巨大な蛇。 あれが、トーキョーの、主――――……!
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