1

1/1
前へ
/10ページ
次へ

1

「運命って幽霊みたいよね」  隣の席に立つ蓮見(はすみ)はそんなことを口にした。彼女も混乱しているのかもしれない。 「まあ音は似てるよな」 「いや語感の話じゃなくて。もっと本質的な話よ、川越(かわごえ)くん」  自分の席に立つ僕に、彼女は自分の主張を順序立てて説明する。 「運命って目に見えないでしょ? だから本当にそこにあるかなんて誰にもわからないの。実在させるなら信じるしかない。信じればそこにいるし、信じなきゃどこにも存在しない。幽霊とおんなじ」 「じゃあ蓮見さんは信じてるんだね」 「いいえ。私は運命なんか信じない」 「なんでだよ」  僕の声は思いのほか大きく響き、彼女ははじめてこちらに顔を向けた。周りのクラスメイトたちはちらりとも振り向かない。 「なに怒ってるのよ。びっくりした」 「怒ってない。ボケたからツッコんだだけだ」 「私ボケてないけど」  彼女は首を傾げる。本当に意味がわかってなさそうな顔だ。  気付いてないってことも無いだろうが、僕は改めて教えてやる。 「もっと表面的な話だよ、蓮見さん」  僕たちは自分の席に立っていた。  もっと言えば、自分の席の机の天板の上に立っていた。  クラスメイトたちは全員が着席して暗い顔で俯いている。黒板の前に立ってこちら側を向いている担任も、その悲哀に満ちた目で僕たちを捉えることはない。 「僕たちは、幽霊だ」  二人の足元。  教室最後列に並んだ二つの机の上には、まったく同じ花を生けた透明な花瓶がひとつずつ置かれていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加