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昔から僕と蓮見の間には運命的だと思える出来事が多々あった。
近所に生まれた僕たちは幼稚園から高校に至るまで同じクラスに振り分けられたし、席替えをしてもいつも隣同士の席になった。委員会や学内行事でも同じ仕事をして、二人揃って皆勤賞で表彰された。
「もうニュースで知っている人もいるかもしれませんが、昨日の放課後に三丁目の交差点で暴走した車が下校中の二人に激突しました」
そして今度は、二人揃って交通事故に遭ったらしい。
らしい、というのは、僕たちにはその辺りの記憶が無いからだ。
「居眠り運転だったそうです。近所の人の通報で病院に運ばれたそうですが、残念ながら」
担任が言葉を切ると、教室は陰鬱とした空気に包まれた。
みんなショック受けてくれてるのか、と場違いに嬉しくなる。中にはすすり泣く生徒もいて、なんだ僕って意外と人気者だったんだなと思った直後に「……はすみぃ」と呟く声が聞こえた。
……絶対に隣を向かない。空気でわかる。隣では今彼女が最高に勝ち誇った表情を浮かべている。絶対に向かない。
「二人の件はどうしようのないものでしたが、くれぐれも皆さん車には気を付けてください」
そんな台詞で重苦しい雰囲気のホームルームは締めくくられた。
それからもしばらく無言だったクラスメイトたちだったが、予鈴が鳴るのをきっかけに一人また一人と立ち上がる。一時間目は移動教室のようだ。
「ねえ見て見て」
隣から声が聞こえて横を向くと、彼女のローファーが目の前にあってぎょっとした。
「いやなにしてんの」
「逆立ち」
「それは逆立ちじゃない」
蓮見は頭頂部だけを机の天板につけて直立していた。「逆さに立ってれば逆立ちでしょ」と彼女は主張するが僕にはそう見えなかった。それはなぜか、すぐに気付く。
確かに今彼女は逆さまだが、それ以外が逆さになっていないのだ。
長い黒髪や半袖の袖元、スカートの裾といった通常逆立ちすれば垂れ下がるようなものが普段とまったく変わらない位置にいる。薄手のプリーツスカートは彼女の白い脚をしっかりと膝元まで隠していた。
「がっかりしてる?」
「何をおっしゃいますやら」
「急にへりくだったわね」
直立した姿を切り取って逆さに貼り付けたような彼女は完全に重力を無視していた。
質量というものが無いんだろう。僕たちは本当にもう人間ではないのだと思い知らされる。
「ちょっとした夢だったの」
「逆立ちが?」
「うん。一回でいいからしてみたかったのよね」
死後に叶う夢は本当に叶ったと言えるのか。
そんなことを考えているうちに本鈴が鳴る。教室にはすでに誰もいなくなっていた。
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