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 …――この世は数字に満ちている。  誰の言葉だったかは失念してしまったわけだが、この言葉を知っているだろうか?  まあ、知らなくても問題はない。むしろ知っている人の方が希有なのだ。ただし、このお話を愉しむ為には、そういった言葉が在るのだという事だけは覚えておいて欲しい。そうだな。前置きが長くなってもアレなので、さっさと始めるとしよう。  俺は、いわゆる黒いプログラマー。  ブラックハッカーと呼ばれる人種。  クラッカーとも言われる攻撃専門のハッカーだ。もちろん、存在を公にしてしまっては手が後ろに回ってしまう。ゆえに社会の影で、ひっそりと生きる世を儚む人間だ。そんな現代科学が生んだ悪魔とも言い換えられる俺だからこそ好奇心が強い。  いや、むしろ己が好奇心を満たす為には、どんな黒い事も厭わない。  今回は、一つだけ、そんな俺の好奇心を満たした恐い話をしようか。  さてと。  諸君らはモンスの戦場天使というものを、ご存じか?  それは、第一次大戦のモンスの戦いの最中、起きた超常現象とされる。1914年8月23日、ベルギーのモンスという戦場で1000人ほどで構成されるイギリス軍が撤退しようにも撤退できずにいた。敵は1万を超えるプロシア〔ドイツ〕軍。  そんな進退窮まったイギリス軍の目の前へと、どこからともなく天使が現われる。  手に弓を持ちイギリス軍が籠もる塹壕の前に悠然と立ってプロシア軍を威圧する。  そして、弓を引き絞り、矢を放つ。  その一撃で、プロシア軍の大半がバタバタと倒れる。  そして、  2撃目。  遂にはプロシア軍は瓦解し、イギリス軍は、無事に戦場から撤退する事ができる。  この奇跡は日頃の信仰心の賜物だ、と喜んだという。  まあ、フォログラムという……、おっと。失言だな。  うむっ。  ……戦場にですらも現われる天使。  このように天使は、あらゆる時と場所を選ばず、その姿を魅せてくれる。人類史の過去から現在に渡り、気まぐれのよう、どこにでも現われるのだ。無論、それは悪魔とて同じ事だろう。彼らも、また時と場所を選ばず、我らの前に現われる。  ただし。  モンスの天使は、その存在が創作だと言われているが、このお話的には問題ない。  むしろ好都合だ。創造主にとって。  兎も角。  そんな天使や悪魔なのであるが、世の中には悪魔としか表現出来ない人間もいる。  それが、このお話の主人公である私の友人、A氏の叔父なのである。  その叔父の悪逆非道ぶりは筆舌に尽くしがたい。A氏の悪い噂を周りに吹聴するのは日常茶飯事で借金を申し込んでは踏み倒すのも当然とばかりの居直り。遂には結婚予定であったA氏の彼女を気に入り、年甲斐もなく、ちょっかいをかけ始めたのだ。  無論、A氏の彼女は叔父を拒む。叔父は怒り狂って、また悪い噂を吹聴する始末。  そんな悪党を体現した叔父を持つA氏であるが……、  彼の苦難を憂いなのか、或いは報いてなのか、天使が現われたのだ。  彼を直視して敢えて真面目な顔で問う。なにか特別な事をしたのかと。本心では冗談めかしてだな。A氏は答える。別に、特別、なにかしらの儀式めいた事をやった覚えはないと。恥ずかしそうに顔を赤らめて、誤魔化すよう。こうとも続けた。  ああ、もちろん、彼女と一緒に無事を祈りはしたと。  うむっ。  それ以外にも、やはり天使が現われた以上は……、まあ、それは下世話であるか。  そんな彼らの前に現われた天使は羽根も無ければ天使の輪っかも無かったそうだ。いや、それはそうだろう。当然なのだ。なぜならA氏と彼女の愛が生んだ奇跡なのだから。逆に羽根や輪っかなどという余計な装飾があれば、それはそれで問題だ。  そんな天使降臨での幸せの絶頂へと達したA氏と彼女の今から少しだけ前の話だ。  なんと。  なんと。  なんと、あの叔父が一線を越えたんとした事がある。  いやはや、もはや悪党然としか表現出来ないのだが、クスリを使って彼女をレイプしようと画策したわけだ。A氏が不在の時を狙い、彼らが同棲し始めた新居を用意周到に襲ったのだ。婚約も済ませ、後は挙式だけを待つ彼女を。悪逆非道の極み。  それを察知した俺は、俺の知識〔プログラミング〕を使い、その危機を知らせる。  迫り来る悪魔の脅威と存在を白日の元に晒したのだ。  もちろん危険を悟ったA氏は鬼の形相で彼女の元へ。  その後。悪かった。俺が悪かった、と正座で謝って許しを請う叔父。  無論、そこまでの事をしたのだ。加えて、日頃の鬱憤もあったのだろう。A氏が許す事はなかった。もう二度と自分の前に現われるな、と一喝して背を向けた。しかしながらソレが不幸を起こす。彼らはアパートの二階踊り場でもめていたのだが。  一喝されて、たじろぎ、バランスを崩したのだろう。  叔父は、階段を転げ落ちてしまい、そのまま車道に出て、うつ伏せで気を失った。  もっとも、この時点でA氏か彼女が救助に向かえば彼の命は助かったかもしれない。それでも救助どころか駆け寄る事もしなかった。それは、やはり、叔父の日頃の行いが、そうさせたのだろう。自業自得だとばかりに二人は動かなかったのだから。  そして、案の定、悪党〔叔父〕は車に轢かれて死ぬ。  目撃者が、彼女しかいなかった事。  加えて、状況が事故死に見せた事。  それらが叔父の死を事故死とさせた。公式に。いや、実際に事故死と言っても差し支えない死に方であったから、救助をしなかった事が争点になろうが、A氏と彼女が口をつぐんだ為、それすらも問題にはならなかった。こうして叔父は死んだ。  そして、天使が降臨する日が来る。  その時は悪魔も顕れるとも知らず。  兎に角、  時は今へ。彼らが、天使の降臨を知ってから38週くらいの日にちが過ぎていた。 「おぎゃー」  と大きな声をあげて天使は彼らの元へと舞い降りた。  夕方まで降っていた雨は、すっかりあがり、晴れ渡った夜空。そんな雲一つない月夜では天使を祝福するかのような星が、数多、煌めいていた。彼〔天使〕が生まれた〔降臨した〕病室では、大きな仕事を終えた彼女が汗まみれで微笑んでいた。  生まれてきてくれて、ありがとうと。私がママよと。  しかし、  ……その天使の顔を見た見たA氏と彼女は硬直する。  光る紅い瞳。まるで狂気を体現したかのような獣のソレ。そう。そこには悪魔がいたのだ。死んでもなお、彼らに不幸を、まき散らす、悪魔。そう。赤ん坊の顔が、あの叔父、そのものだったのだ。邪悪な力に満ち満ちた、あの叔父〔悪魔〕である。  ふはは。  お前らが幸せになるのだけは許せん。だから舞い戻って来たぞ。悔しがれ、阿呆。  しかし。  これは俺の好奇心を満たす為のギミック。A氏へのプレゼント。いわゆる、祝い。  俺が転生させた。この俺がな。そうする事で、A氏と彼女、そして叔父が、果ては世界が、その先、どうなるのかを知りたかったからだ。それは彼らが、たとえ不幸になろうとも。いや、そんな些細な事は、どうでもいいのだ。それよりも……。  好奇心が満たされる事の方が重要。  それこそが俺という性なのだから。  うむっ。  俺は決して善人ではないのだから。  …――この世は数字に満ちている。  数式と解の塊、つまりプログラムで構成されている。  ゆえに、  天使や悪魔は、時と場所を選ばす、我らの前に現われる。それは神ですらも。創造主〔プログラマー〕の指先一つで顕現したり、消滅したりするのだ。そうだ。A氏が生きる世界はコンピューター上に緻密にシミュレートされた仮想世界でしかない。  まあ、シミュレートされたA氏くらいしか友達がいない俺が創った世界なのだが。  うむっ。  もちろん、彼らが、その事実に〔シミュレートされた世界だと〕気づく事はない。  それは、このお話を読んでいる読者諸氏とて同じだろう。君は本当に生きているのかと問えば、何を馬鹿な事を、と答えるだろう。まあ、それでいいのだ。創造主にとって、その方が都合がいいのだから。そうだな。もう一度、問うて終わろうか。  …――君は本当に生きているのか?  その世界は、本当に存在するのか?  うむっ。  …――この世は数字に満ちている。  天使や悪魔、ソレに準ずるものは、時や場所を選ばずにも現われる。  お終い。
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