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学園を無事卒業した僕は、寮からエリオの家に引っ越すことになった。
こじんまりとしたアパートの一室でとても落ち着くところ。本当にこの世界の住人になったんだと実感する。
僕が入院していた間に何をしていたかというと、『天罰』を下していたのもあるけれど、家を買うために色々と準備していたのだという。
僕はもう貴族ではないし、エリオも貴族として生きるのは嫌だからと僕と一緒に平民へと落ちた。だからもちろん暮らすのは平民街。異世界ファンタジー感溢れる雑多な街。この世界の中では治安もいい方で、見栄ばかりの貴族街なんかより暮らしやすそうだった。
それと、僕が気になっていた『紺碧』というのは、代々神使いが傭兵として使っているクラン名。ブラックボックスな組織だけど金を持っているというのが設定で、神殿への寄付も自動で行われているらしい。そして、今のクランマスターがエリオということだった。のちの神使いがすんなりとこの世に馴染めるように、こうした設定や伝承が散りばめられているらしい。それだけ頻繁に神使いがこの世に送られてるってことだから、神様が世界を守るのも大変なんだなぁって勝手に苦労を理解した気になったりした。
お金は稼ぐ必要がないくらいあるけど、折角だからこの世界を楽しみたいっていうエリオの希望で、僕も傭兵ギルドに登録し、ついでに『紺碧』に所属することになってしまった。
「この街に飽きれば、いつでも旅に出られる。今まで縛られた分、この自由に感謝しないとな」
「うん」
二人して毎日の祈りは忘れないし、どの世界にいたときよりも神様の存在を近く感じる。エリオが僕の名前を呼んだことで、無事に魂が定着して今はちゃんと僕一人の体になっているけど、元々神子であるユノスのものだったからっていうのはあるかもしれない。
ちなみにあの時、僕の名前を聞いたのは、ユノスがいる状態で僕の名前を呼んではいけないという掟があったから。
「絶対に呼んでしまう自信があったから、記憶から消してもらったんだ」
と、その後噛みしめるようにエリオは僕の名前を口にした。
あいつの失くしてしまった名前は戻ってくることはなくて、これからはエリオとして生きるんだって。吹っ切れたようにそう言った。
「……それとさ、ひとつ怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「えー、保証できない。一応聞くけど」
「じゃあ、一応言う……」
「うん」
「そのさ、ユノスがあんなことになったのは、神同士の喧嘩に巻き込まれたからって話なんだけど」
「なにそれ」
「ユノスの神はこの世界では一番信仰されてる神で、それに嫉妬した他の神がニールを送り込んで成り代わろうとしたんだ。自分が送り込んだ神子が貢献すれば信仰を得られるからってさ。まぁ……言ってしまえば嫌がらせ?」
「……嫌がらせって……なんだか規模が違いすぎて怒るっていう次元じゃないよね、それ……。あ、でも、このままニールが活躍すれば、その嫉妬した神の功績になるってことでしょ。困らないの?」
「まぁ、そうなんだけどさ、一度の功績じゃ順位なんて入れ替わらないし、そこは心配しなくていいんだと思う、多分。それにちょっとした仕掛けもしたし」
「仕掛け?」
「あの神子のチョーカー、なんの意味があると思う?」
「え?」
ユノスの記憶を覗いた限りでは、あれは神の加護が籠もったものだったはず。
「あれは呪いの首輪。俺が差し替えといた」
と悪い顔をしてエリオは笑ったのだ。呪いと言いつつも、満面の笑顔を浮かべるエリオはどこか悪魔めいていて……。
「ニールが持ってた光の属性を最弱にして、魅了の力をマイナスにしておいたから、どれだけ頑張っても報われず、馬車馬のごとく働かされることになると思う。ちなみに一生外れない」
「えぇ……」
「言ったろ? 牢獄と一緒だって。ニールは人の気持ちを軽く扱った。その報いは生きたまま味わってもらう」
エリオが言っているのは、きっとランベルトやアーロンのこと。
思考を操られていた彼らの処遇に対して寝覚めの悪さを感じていたけれど、エリオがその気持ちを汲んでくれるのなら、彼らも救われるような気がした。
エリオは自分のことを悪魔だ、なんて言っていたけど、それはきっと僕を悪魔に渡してしまったこと、そして今回の復讐に対して抱いた罪悪感からくるものなのかもしれない。
「……エリオは悪魔なんかじゃないよ」
一歩前を歩くエリオの背中にそう囁いた。すると、エリオは振り返って首を傾げる。
「ごめん、なにか言った? 聞こえなかった」
「…………好きって言ったの」
「え……」
「何よりもエリオが好きだって言ったの!」
ポカンとしたエリオは、次の瞬間顔を真っ赤にして僕の手を取った。
「っ……ほんと、そういう……っ」
喜んでいるような、半分怒っているような。そんなエリオに家まで引き摺られつつ戻り、ベッドに押し倒された。
もう、我慢しなくていい。僕とエリオを隔てるものは何もないんだから――
エリオのキスが降ってくる瞬間、僕はこの幸せを噛みしめた。
おわり
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