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「本当に、大丈夫ですか?」 「はい、エリオのおかげで吹っ切れたので」  司祭は僕が任命式に出席したいと言うと、すぐに特等席を用意してくれた。式典の記録を取るための席らしくて、出席者にもニールにも見られる心配がない二階席。 「良く見えるな」  エリオの言う通り、祭壇がしっかりと望める。出席者がぞろぞろと礼拝堂に入ってきて、前から順に詰めて座り始めた。それを眺めつつ、無言で式が始まるのを待つ。  いつもとは違って、エリオはどこか落ち着きがなくて、こっちまでそわそわしてしまう。 「なぁ」  そう言って僕の手を握ってくるし、どういう情緒なのかよくわからない。横顔を見つめていると、こっちを振り向いていつものニカッと笑いを浮かべた。  その時、わっと会場が沸いた。  歓声と割れんばかりの拍手の中、ニールと教皇が高座に上がる。祭壇の前に立つと、自然と拍手は鳴りやみ、礼拝堂が粛然とした雰囲気を取り戻した。  式の内容は簡単なもので、教皇が式の開始を告げて、神の教えを説く。その後、神子が祭壇の前に立って祈りを捧げ、神との契約を交わす。その契約の時に光の属性を持っていなければ神子にはなれず、反対に神子になれば浄化の力が授けられる。ユノスがやっていた祈りによる侵蝕の抑制とはレベルが違うものだ。  ニールが手順通りに一つ一つの動作を終わらせていく。そして祭壇の前に跪き、胸の前で指を組んだ。次にニールの口から出たのは祈りの言葉だった。神一人を愛して、神が作ったこの世界の穢れの浄化に一生を捧げます。だからこの道をお守りください。そんな内容だ。  ユノスが紡ぐはずだった祝詞が他人の声で耳から入ってくるなんて、本当は怒り狂ってもおかしくないことなのに、不思議と心は落ち着いていた。  もう未来は決まっているから騒ぐことでもないってユノスが言っているみたいだった。  神との契約が結ばれたことを祝うかのようにニールが光に包まれた。それは神子らしい姿で、誰もがその神秘的な光景に釘付けになっていた。やがて光が収まると、教皇がニールの傍に立つ。教皇の横に司祭が控え、銀盆を捧げた。そこには神子の証である金製のチョーカーが乗っている。宝石をちりばめた贅沢なもので、神殿の権威を示すものでもある。  教皇が手に取り、ニールの首元へと運ぶ。そして、カチリ、と静まり返った空間に金具がはまり込んだ音が響いた。  おめでとう、ニール。  そんな声が頭の中で聞こえた気がした。  ユノスはこの光景が見たかったの?   そう問いかけた途端、視界がぐらついて、僕は椅子から転げ落ちそうになった。  それを抱き留めたのは勿論エリオ。 「大丈夫か?」  声をかけられるけど、眩暈は治まらない。耳鳴りが激しくなり、意識が遠のいていく。  でも、エリオが僕の意識を手繰り寄せるように、手を強く握った。 「名前を、教えて?」  優しく耳元で囁かれる。  名前? 僕の?  僕は……  僕は、 「あま、ね」 「っ……そうだ……そう。やっと呼べる……」  エリオはなぜか嬉しそうで。なぜか泣いていて。  背中に腕が回されて、強く強く抱き締められた。 「周……っ」  僕だけに聞こえる小さな声。でも、力が籠って掠れてしまうほど、思いの丈が込められたもの。  それに反応するように胸の辺りが燃え上がったように感じた。熱が溢れんばかりに湧き出して体を満たしていく。 「周……周……」  何度も何度も名前を呼ばれ、何度も何度も髪を撫でられる。今まで耐えてきたものを全部全部吐き出すみたいに。 「エリ、オ……?」 「もう大丈夫だから、周。……もう、離さない」  ああ、エリオは――……  僕の中で期待が膨れ上がる。それと同時に涙腺もバカになったのか涙がぼろぼろとこぼれた。  確かめたい。今すぐ答えを聞きたい。なのに、酷い眠気が襲ってくる。必死に睡魔に抵抗しながら手を伸ばせば、その手を掬い上げられる。  そして、手の甲に――  触れる体温に安心して体から力が抜けていく。僕は閉じた瞼を開ける力もなく、すとんと眠りに落ちた。
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