第3話

1/1
前へ
/7ページ
次へ

第3話

 わたしが入院中で直接クーデターに参加していないのは、病院の医療スタッフが知っている。その立場を利用して自由の身のまま生き残り、このプラーグが国民自らの手で新たな政府代表を選べる体制を作るためのヒントを置いて行ってくれたのである。  勿論、わたし一人では何をどうしていいのか分からなくて、同じように捕まらず生き残ったゲリラの仲間である大人たちに相談した。退院したあとだったから、とても焦った。  幸い大人たちがクーデターで利用した貧弱な連絡網を使い村々に奔走し、何とか嘆願書を作り上げて収監された皆の延命に成功した。  実際に嘆願書のお蔭で皆がまだ生きているのかどうかは分からないけれど、処刑されずに生き延びているのだから、もしかして嘆願書も皆の処遇が決まっていない理由の一端かも知れない。それなら皆と殆ど眠らずに駆けずり回った甲斐があるというものだけれど。  もっと歩くと左側にこれはまともな建築物である学校と、わたしも入院していた病院を眺め、暫く歩くと行き交う人々が増えてくる。殆どは買い物かごを下げた女性たち。  フラットを背にして並び立つ素通しのテント群が見えた。目的のバザールだ。 「今日は何にするんだ、ユーリン」  クリフに訊かれたけれど、眺めているとどれも買いたくなってしまう。 「そうね、パンに果物。果物はフレイがいいわ。それに干し肉とロキ酒も買いたい」 「欲張っても俺、そんなに持てないぞ」  笑い合ってバザールを回る。最初に豆の入ったパンを買った。ロールパンのようだが小麦より豆が多く重たくてぼそぼそしている。けれど日持ちもして、割と安い。 「すみません、まだこれで買えますか?」  腰の布袋からチラリと砂の花を店主に出して見せた。わたしの緊張の一瞬だった。だが顔馴染みになった店主は何でもないことのように破顔した。ホッとする。 「ユーリン、あんたの頼みを聞かない訳にはいかないだろうが」 「じゃあこのパン、三十個下さい」 「あいよ。クリフ、袋を寄越しな」  直径十センチくらいの砂の花、このとろりとした蒼い炎のような色をした、薄い花びらの重なった美しい鉱物はこれまでプラーグでは何よりも貴重なものだった。外貨を稼ぐための唯一の輸出品であり、こうした闇取引ではお金の代わりにもなる、砂漠が生む宝だったのだ。  これを隣国ユベルに買い取って貰って皆が生きてきたのである。  それが何の価値もない石くれだったということを、今はもうプラーグで知らない者はいない。砂以外に何もないプラーグに対し援助する口実として隣国ユベルを通し某大国が無価値の砂の花を買い上げ続けていたのだ。  勿論それはボランティア精神に依るものではなく、旧プラーグ政権との密約があってこその貸し付けだったのだけれど。  だが砂の花が無価値と知ったからといって、いきなり貨幣として扱われなくなった訳でもない。店によっては拒否されることもあるが、こうして昔ながらの取引手段として未だ通用することもある。  何故なら未だに国連や某大国から砂の花買い上げを完全にストップするという最後通牒が行われていないからだ。  けれど徐々に砂の花での買い物ができなくなってきているのは確かだった。  二軒目の果物屋には断られ、三軒目でフレイの実を三十個と使い回しのペットボトルに詰められたロキ酒を十本手に入れる。干し肉も買い込むと二人で持ちきれるギリギリの大荷物になってしまった。袋の底が抜けないか心配になるくらいだ。  おまけで貰ったフレイの実をクリフと食べて大通りの真ん中にある井戸で手を洗う。水も飲んだ。水筒の水も減った分だけ足しておく。通りのあちこちにはこのような井戸が幾つかあり、こればかりは砂漠生活よりも街がいいと思える。  そんな井戸を辿るように来た道を大統領府まで戻った。  兵士たちに収監中の皆との面会を申し入れると袋の中のものを全て出して見せ、厳重に身体検査をされてから中に入ることを許可される。袋に出したものを再び収めて担ぐと、小銃を担いだ兵士に前後を固められ、趣味の悪い官邸の裏までを延々と歩いた。  拘置所である建物は、これまでは反政府ゲリラやそれに協力した者たちが主に収容されていた、本来ならば死刑囚の最期の住処だったものだという。  中に入ると小部屋があり、そこでもまた身体検査と荷物の検分だった。  毎度のことなので慣れているけれど、厳めしい兵士は手を抜いたりしない。終わるとやっと面会が叶う。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加