第1話(プロローグ1)

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第1話(プロローグ1)

 彼女は誰よりも早くその危機を察知していた。  どれだけ離れたコンピュータともリンクし情報をいち早く吸い上げ、必要なら計算という咀嚼をし飲み込んで溜め置き、要求が有れば最適解を吐く。それが彼女の仕事なのだから。  彼女――特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスは、地球(テラ)本星セントラルエリアのテラ連邦軍中央情報局の地下深くに設置されている。  有機・無機・更には巨大容量のIBX量子コンピュータを結集して作られたテンダネスには当初、姉であるSSC初号機・グローリアがいた。  だが彼女は世を儚んで自殺した。  それほどの自律思考を持つに至ったSSCの吐く最適解は時に人間の『勘』や『ひらめき』のレヴェルでもり、人の想像を上回る。  テンダネスが知った危機とはミテラ星系に小惑星が迫っているという事実だった。  ミテラ星系内では双子惑星である第三惑星フィカルと第四惑星カリクのふたつがテラフォーミングされ、多くの人々が暮らしていた。  だがテラ連邦として防衛上さして重要拠点でもないミテラ星系には、近づく隕石や小惑星を察知するための航空宇宙監視局はなく、そこに住む人々の殆どは危機を予見できなかった。  おまけにテラ連邦議会はミテラの危機に対して目を瞑り耳を塞ごうとしたのだ。  細々とレアメタルを産出している第三惑星フィカル。そこに向けて直径百キロを超える小惑星が近づいていると知りつつテラは悠長だった。  小惑星の撃破には天文学的クレジットが要る。もし実行しても撃破できる可能性は低いとテンダネスは弾いた。  このままの軌道なら間違いなくフィカルは大クレーターを作り、激しい地震と大津波に見舞われて殆どの住人が死亡する。舞い上がった粉塵で恒星ミテラからの陽は遮られ、僅かに生き残った人々も訪れる超低温下で死を遂げるだろう。  そこに降って湧いたのがフィカルでの新たなレアメタルの大鉱床発見の報だった。  テラ連邦議会の有識者たちは焦った。このままでは莫大な価値のある宝の山をふいにしかねない。リミット十時間となり彼らはSSCⅡテンダネスに打開策を求めた。  彼女はミテラ星系にテラ連邦宙軍の第一艦隊に所属する練習艦隊が五隻集結しているのを計算に組み込んだ。そして旗艦と巡察艦に駆逐艦二隻と電子戦闘艦の火力を結集すれば僅かにフィカルから小惑星の軌道を変えることが可能だと弾き出す。  だが同時にそれは第四惑星カリク方向へ軌道を変えることでもあった。  どちらか一方を救えばどちらか一方が死の星になる。練習艦隊の火力ではそれが精一杯だった。ありとあらゆる手段を計算しても同じ解が出た。  そして彼女は、ごく冷静にフィカルの人口、住まう人々のテラ連邦への貢献度や知的水準、今後のレアメタル産出見込み量とレアメタル相場の予測などの様々な要素を計算に組み込み、大穀物地帯が広がるカリクの今後の利用価値と比較検証する。  何の感慨も持たず彼女は最適解を弾き出した。全ては『巨大テラ連邦の利のために』。  タイムラグのないダイレクトワープ通信に彼女は自分の意思を乗せた。つまり遠隔操作で五隻の練習艦隊を意のままに動かしたのだ。  練習艦隊は小惑星を照準する。彼女が与えたタイミングでレーザー照準後、小惑星に対しビームファランクスとありったけの有質量弾が斉射された。小惑星は表面を高温で沸騰させ、一部を爆発させ欠けさせながらも、ほんの少し軌道を変えた。  そう。彼女の計算通り、金色の麦が実る豊饒の大地・カリクへと。  七億もの人々を乗せたまま半径五千キロの大クレーターを作ったカリクは数日の激しい黒い雨ののち地面を凍らせ始めた。  それを眺める人間は一人も生きてはいなかった。
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