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第11話
「掘削技術開発管理会社って、いったい何してるんだろうね?」
「さあな。レアメタルの穴掘り関係じゃねぇのか」
「テラ本星に部屋を借りるくらい行き来してたんだから、結構儲かってるのかもね」
「聞き込みじゃ、何度も見かけたって話だもんな」
誰でも星系間旅行が手軽にできる現代だが、それもクレジットがあってこそだ。
十五分ほど大通りを走るうちに、歩行者も徐々に増えてくる。まだ朝の七時というのにミテラ星系人は勤勉らしい。時折すれ違う大型コイルバスにも人々が結構な数、乗っていた。
朝のコーヒーショップの喧噪などを窓から眺めているうちにタクシーは左折し細い道に入る。急に辺りの雰囲気が変わった。
「閑静な住宅街って感じだね」
周囲はせいぜい五階建てくらいのマンションが建ち並んでいる。それらの建物のひとつの前でタクシーは接地した。目前のマンション一階がテナントになって『ハリスン掘削技術開発管理会社』と看板が掲げられているが今はシャッターが降りていた。
二人はタクシーの中でじっと張り込みを続けた。眺めること約三十分、八時ピッタリになってシャッターが自動で巻き上げられる。
現れたのは透明素材の壁だった。お蔭で外から中は丸見えで小さな事務所に女子社員が一人でデスクに就いているだけと分かる。中には扉がふたつ、作りから考えてひとつはトイレ、ひとつは住居階に上がる階段かエレベーターへの入り口といったところだろう。
「社長室みたいなものはなさそうだね」
「あのデカい多機能デスクが社長席だろうな」
「自宅住所もこのマンションの五階になってるよ」
「さて、どうやって在宅を調べるか――」
古風にピンポンダッシュでもやろうかと思っていると意外にも本人が姿を現した。
エレベーターか階段と見たドアから事務所に入ってきて多機能デスクに就いたのは、間違いなくモンタージュのニック=ハリスンその人だった。
「うーん、警戒心がないっていうか大物と見るか」
「ある意味、捕まっても構わねぇって風にも見えるよな」
「じゃあ捕まえる?」
「今、すぐにか?」
「やっぱり面倒かな?」
「いや……そうだな、所轄署に通せばそれもアリか」
「重要参考人として身柄を預かって貰うんだね?」
「ああ。この辺りだと……」
と、シドはリモータに流した捜査資料を見て、
「プラトロ地方五分署だな。どっちにしろ先に話を通さねぇと」
「そっかあ。じゃあそっちを訪問しなきゃ」
暢気ではあるが筋を通すことはこの業界では大切なことなのだ。管轄を荒らした、荒らさないで掴み合いの大喧嘩に発展することも珍しくない。
シドはタクシーの座標モニタにプラトロ地方五分署の座標を打ち込んだ。
大通りに出ると、行き交う人々も大型コイルバスも増えていた。建設途中の超高層ビルが幾つも見える。勿論完成品も建っていて時折BELが空を横切った。
併走する大型コイルバスの色とりどりにペイントされた車体が、発展途上のこの星の活気を象徴しているようで見ていて愉しい。様々な企業名やそれらのロゴがペイントされていて、まるで宣伝カーだ。
プラトロ地方五分署は大通り沿いにあった。
数十メートル手前でタクシーを駐めリモータリンクでクレジット精算し降りて歩いた。いつもの七分署ならばオートスキャンされてフリーパスだが、ここではリモータチェッカにリモータを翳し、ナノチップ付き警察手帳をパネルに押し付けてから足を踏み入れる。
ただこれは署に立ち入る条件をクリアしているかコンに確かめられただけである。
惑星警察といえど地方色があるのでシドは僅かに期待したが、ここも自分たちの署と同じで受付に案内の美人婦警など座っていなかった。ブゥブゥ鳴って武器所持許可証を見せろと唸る機器が据えられていただけだ。味気なくこれもクリアする。
全十七階の建物全てが広域惑星警察のものらしく、ここでも機動捜査課は一階だった。窓越しに覗くと朝の交代などで結構みんな忙しそうだ。
更に進むとエレベーター脇に貼ってある電子案内図を見る。捜査一課は三階らしい。行き交う署員らを縫うようにして三階まで階段で辿り着いた。
捜査一課のデカ部屋に足を踏み入れた二人は、暫しその場で戸惑う。
「誰にものを言えばいいのかな?」
「まあ、順当にいきゃ課長なんだろうが……」
捜一のデカ部屋は古巣の機捜課と殆ど変わらない広さだが、人員は倍ほどもいて、それらが書類を運び、モニタを睨み、言い争いをし、ホシを引っ張って、全員が全員ともスクランブル状態だったのだ。
怒号を放つ課長らしき中年男に声を掛けるのは、なかなかに勇気が要った。しかしこっちも仕事だ、多機能デスクの前に進み出る。
「誰だっ!」
決して遠慮や人見知りをしないシドであるが、耳を聾せんばかりに吼えた課長にはうんざりした。飛んできたツバを避けながら切り出す。
「太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署の機動捜査課員、シド=ワカミヤ巡査部長とハイファス=ファサルート巡査長です。捜査共助依頼に来ました」
「テラ本星の刑事が、何の用だっ!」
「この星にいる殺しの重参を一晩、預かって欲しいんですが」
「そいつは何処のどいつだ!」
いちいち吼えないで欲しいのだが、この喧噪で習い性になっているのかも知れないなと二人は思う。ヴィンティス課長とは正反対の高血圧タイプの課長に対し続けた。
「ミツカタ通り二番、ハリスン掘削技術開発管理会社の社長ニック=ハリスンです」
「ふん。人員は必要か?」
「いえ、明日まで留置して貰えれば結構です」
「なら連れてくるんだな。おーい、ブタ箱に空きは――」
その先を二人はまともに聞いていなかった。リモータ発振が入ったのだ。先にハイファのリモータが、次にシドのが震え出す。
その発振パターンはまさかの――。
「げーっ、別室!」
「うーわー、こんなときにダイレクトワープ通信……」
「知らねぇぞ。俺には何もこなかった、ニック=ハリスンを連行して帰るんだ」
「捜査に任務の重複……でも別室だって僕らの動向を掴んでいると思うけど」
「何だそれ? ずっと俺たちはトレース付き、つまり監視されてるってことかよ?」
そんな失礼な真似をされていたらユルセナイとばかりにシドは詰め寄った。幸いにもハイファは首を横に振る。
「常時トレースするほど別室もヒマじゃないけどね。今現在に限っては確かに動向を掴まれてるみたい。そうでなきゃコストのかかるダイレクトワープ通信なんかしないもん」
「で、そのお忙しい別室が俺たち何でトレースをつけた理由は何なんだ?」
「まんざら現状に関係ない訳じゃないってことだと思う」
溜息をつきたくなってシドは煙草を出すと一本咥えて火を点けた。傍にあったデスク上の灰皿を勝手に引き寄せ、盛大に紫煙を吐き出す。デカ部屋内は既にうっすら煙っているので遠慮しない。血圧の高そうな課長も既に二人には構っていなかった。
「で、捜査に任務、どっちの優先順位が上だ?」
「まずは任務内容を見てみないと、僕にも分かる訳ないでしょ」
「開いた途端に命令受領の信号が出るんだろうが」
「そりゃそうだけど、ゴネるの止めて見ようよ。ね?」
いつもの如く『俺は軍人じゃねぇ!』だの『別室にも別室長にも借りも義理もねぇんだぞ!』などと喚かず、仕方なくハイファに倣ってシドもリモータ操作する。
【中央情報局発:至急。ミテラ星系第三惑星フィカルの首都プラトロにおいてオリオンバスに仕掛けられたタルタロンガス封入爆弾を捜索・解除せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「資料ファイルは……わあっ、ここの時間で十八時ジャストがリミットだよ!」
「って、マジかよっ!?」
「あと九時間半、どうしよう?」
「人員借りて捜索するしかねぇだろ!」
くるりと振り向いたシドは課長に向かい、室内の誰にも負けない大声で叫んだ。
「やっぱり人員、借ります! オリオンバスに爆発物が仕掛けられた形跡あり!」
「何だって?」
「バスにガス爆弾ですよ、十八時に爆発予告!」
「バスがバツガツハ……何だ?」
「バスバスバ……もういい! 自分たちはオリオンバスの停車場に急行します。BELを一機お借りします!」
言うなり対衝撃ジャケットの裾を翻し、ハイファと二人で階段を駆け下りる。機捜課横の駐機場にあった緊急機の一機に飛び乗った。ハイファが反重力装置を始動。
オリオンバスの本社を検索し、付属した停車場の座標を指定すると緊急音を鳴らして飛び立った。
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