第12話

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第12話

 飛び立ってしまうと着くまでやることもない。何だか心に余裕も戻ってきてハイファは暢気にコ・パイロット席で伸びをした。隣のパイロット席のシドに言ってみる。 「でも、そんなに焦らなくても、まだ九時間もあるんだし」 「それもそうだが、タルタロンガスが噴出した日には、この首都くらいは全滅だぞ」 「けど、こんな田舎都市のバス会社だもん、捜索なんか簡単だって」 「そりゃあまあ確かにな。それよりまともな爆発物処理班がいることを願おうぜ」  大通りの上空を延々飛び、郊外になってBELは高度を下げた。  個人の屋敷街を飛び過ぎたかと思うと、掘削機械の会社やコイルタクシー会社などがぽつぽつと点在するエリアに入る。周囲の地面はファイバで整地され、あちこちに建設途中のビルがあった。平らな地面に唐突に生えたそれらが妙に浮いて見える。 「副都心未満って感じだな」 「レアメタル景気だね」 「『我らは繁栄を以て報いん』ってか」  そのうちにシドも割と暢気な気分になっていた。九時間もあればバスを裏返して逆さに振るくらいのヒマがあるだろうなどと思う。  緊急機は星のマークを掲げたオリオンバス本社営業所の前にランディングした。降りて社屋に入るとここには受付嬢がいる。ただ、妙齢のお嬢さんではなくオバチャンだったのでシドもハイファに睨まれず、手帳を見せ責任者と配車係を呼んで貰った。  待つこと五分ほどで上階から社長らしき恰幅のいい初老の男が、煮干しのように干涸らび痩せた男を従えてきた。若い来訪者が警察官と聞いて身構えた風である。この上に悪い知らせで余計な焦りを生まぬよう、シドが落ち着いた口調で切り出した。 「お宅のバスにタルタロンガス爆弾が仕掛けられたという情報を得ました。安全点検のため全てのバスを停車場に戻すよう手配を願います」 「何じゃと、バスバツガツハツじゃと? ハヤシ君、急いで全車回収するんじゃ!」 「全てのバスを回送にしても、遠いのは一時間は掛かりますっ!」 「大丈夫ですよ、リミットは十八時ですから」 「大丈夫? ……本当に大丈夫なんじゃな?」  茶でも飲んで昼寝しててもいいですよ、とまではさすがに言わなかったが、そんな気分で配車係のハヤシ君に、現在停車場にあるバスから点検させて貰うことにする。  一階の事務所にハイファはショルダーバッグを預かって貰い、並んだデスクを縫って歩いて裏の停車場に二人は出た。そして固まる。 「……おい。誰が捜索は簡単だって?」 「うーん、誰だろうね、そんなガセを口にしたのは」  見える限りの平らな土地が大型コイルバスで埋められていた。ファイバの地面も見えない。その数およそ百台。 「あと、市内を回っている二百台を順次戻す予定ですから」  煮干しのようなハヤシ君はシドとハイファにダメ押しをして、自分は事務所に引っ込んだ。そりゃないぜ煮干し君とシドは思ったが、そこに制服警官四名の応援が到着し、仕方なく片っ端から捜索を開始する。  運転席の周囲からシートの間、足元、荷棚の上と、くまなく捜索して一旦反重力装置を作動させ、浮かせておいて車底まで確認する。  その作業はどんなに急いでも一台十分近くは掛かった。次々やってくる回送バスも入れて三百台、単純計算で三千分、五十時間だ。  実際には六名がバディで捜索しているのだが、それでも約十六時間掛かる。とても間に合わない。途中からは反重力装置の作動を省いて車底に潜った。  頭から埃まみれになりながらシドが毒づく。 「チクショウ、また戻ってきやがった」 「喚く元気があるなら次行こ、次」  そう言うハイファも金のしっぽとソフトスーツの埃を払いうんざり顔である。同じ動作を繰り返しているとバスがバスに見えなくなってくる。ゲシュタルト崩壊だ。 「戻ってきた分はドライバーさんが担当してくれるってサ」 「それでもギリギリだよな。くそう、腹減ったぜ」  慣れてくると一台を五、六分ペースに上げることができた。だが『慣れ』が危険、見落としては洒落にならない。不休で作業は続いた。  捜索終了車輌には事務所で借りた赤いテープで前面に印を付けていく。テープがなくなって数えてみると、まだ五十台目だった。  テープを貰い捜索を続けていると、時折乗客の忘れ物があったりしてギョッとする。手提げの紙袋だったりすると尚更だ。中身はケーキだったり、酷い時は骨壺だったりした。 「こんなモン、誰が忘れて行くんだよ?」 「始末に困ってワザと置いていく人もいるんだよ」  百台の捜索を終える頃には事務所の前に忘れ物の山ができた。ちょっとした雑貨屋くらいは開けそうである。点検は終わっているのでオバチャンが分別していた。  殆どヤケになったシドは火を点けない煙草を咥えての捜索だ。百五十台を超えてリモータを見ると十六時過ぎだった。間に合うかどうか微妙なところ、事務所を護るように盾を持ち防護服にガスマスクを着けて居並ぶ爆発物処理チームが恨めしい。  そしてとうとう残り三台となった。シドとハイファのバディを含め、三組で最後のバスに慎重に入る。手際よく内部を捜索し、埃だらけになって車底を点検した。何もない。  気付くと時間は十八時の僅か十五分前だった。  ヨレヨレになって二人はバスの下から這い出した。シドもハイファも全身埃だらけの灰色に染まっている。付き合わせた警官四名にも、もう何をどう言えばいいのか分からなかった。事務所の前では心配げな煮干し君と冷たい緑茶を持ったオバチャンが待っていた。  薄暮の中、有難く冷茶を頂く。  夕暮れの空をカラスのような鳥が三羽、啼きながら渡っていった。 「『アホー』っていわなかったか?」 「『ギャオー』くらいだとは思うけどね」 「別室戦術コンはいったいどうしたってんだよ、ガセ掴ませやがって」 「うーん、何なんだろう。初めてだよ、こんなこと」  灰色男らはひたすら虚しさを噛み締めていた。そこに煮干し君が遠慮がちに言う。 「あのう、申し上げにくいのですが、一台だけ戻っていないバスが……」 「何でだよ、全車回送にしたんだろ」 「つい先程、発信がありまして、『爆弾を仕掛けた。客の命が惜しければ一億クレジットを振り込め』などと与太を申しまして――」 「そっちかよっ、ハイファ、追うぞ!」 「ヤー!」  事務所を駆け抜けて緊急機に飛び乗った。ハイファがオリオンバスの配車システムと緊急機の座標モニタをリンク、高度を取ると配車システムに誘導されつつ夕暮れの空をぶっ飛ばす。五分も経たぬうちに市街地へと入った。  別室入りする前にはスナイパーだったハイファが抜群の視力で、大通りを疾走する一台のバスを見つける。 「あれだよ、赤と黄色のペイント!」 「距離をとって正対、接地!」 「アイ・サー!」  バスだけでなく一般コイルが走っている大通りに、ハイファは強引にBELを割り込ませてランディングさせた。パイロット席とコ・パイ席のドアを開けて二人は飛び降りる。  バスは疾走を続けていた。彼我の距離、約三百メートル。  二百九十九台の捜索に体力を費やした恨みも込めて、シドはレールガンを抜くなりマックスパワーでぶちかました。  有効射程五百メートルもの威力を持ったフレシェット弾がバスの車体前部に十数発叩き込まれる。車体の真ん中にある反重力装置を壊す勢いで、ヤケクソのように駆け寄りながら更に撃つ。  普段オート走行だが万一の時のために乗っていたドライバーは、犯人の要求に従いオートを切って手動操縦していた。だがドライバーは銃撃に驚いてアクセルを完全に離す。  その隙を逃さず二人はオートドアに飛びついた。ロック機構をハイファの九ミリパラが破壊する。二人は強引にバスへと乗り込んだ。両側のベンチシートに客が約十五名、彼らに銃を向けている男が二名。 「惑星警察だ、銃を捨てて両手を頭の上で組め!」  シドの大喝に男たちが気を取られた一瞬を見逃さず、二人はためらいなく撃った。シドはレールガンのパワーをやや弱め、ハイファと共に速射で三弾を放つ。  男たちの持った銃が腕ごと床にちぎれ落ちた。血飛沫が舞い、悲鳴が湧いた。 「爆弾は何処だ!?」  気を失いかけたバスジャックの胸ぐらを掴んで揺さぶる。もう一人の男が残った左腕をそろそろと挙げた。その手に何か握っているのを認めるなり、二人は再度、同時に発砲。男の左腕は右腕のあとを追った。  ハイファが落っこちた左腕から握り込まれていた起爆スイッチを取り上げる。シドはバスジャックらを蹴り転がした。  捲れた上着から覗いているのは両者の腹にテープで固定された爆弾だった。それはかなりスタンダードなタイプで、どう見てもタルタロンガスが封入されているようには見えなかった。  リモータを見ると十八時を五分ほど過ぎていた。 「話をややこしくしやがって!」 「紛らわしいこと、しないでよね!」  怒りと八つ当たり、二人はそれぞれ男らの尻を蹴り飛ばした。
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