第13話

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第13話

 オリオンバスの営業所で待機していた爆発物処理班がこちらの現場に回され、やはり爆弾にはコンマ一グラムで数千人を殺せる毒ガスなど含まれていない事実が明らかとなる。  その間に所轄署の緊急機と救急機が多数飛来して辺りは大騒ぎだ。シドとハイファは実況見分のあと事情聴取をされ、プラトロ地方三分署で釈放(パイ)されたのは三時間後だった。  署を出て五分署に緊急機を返しに行く。捜一課長に吼えられるのを覚悟していたがバスジャック事件解決でガセのガス爆弾はチャラになったようだ。  二人とも疲れきって腹も減っていたが、当初の予定をこなさなければならない。五分署から夜の街に出た。タクシーを捕まえる。 「ニック=ハリスンは大人しくお縄になるかな?」 「大人しくなければ、させるまでだ」  ポーカーフェイスながらまだシドはガセを掴ませた別室戦術コンに怒りを燃やしているらしい。それはハイファとて同じだが怒り半分困惑半分といったところである。  電波も光速を超えられない以上、通常通信はワープする宙艦を使いリレー形式で運ばれる。ワープの分だけ光よりも速いからだ。だが通常航行の分だけタイムラグが生じる。  しかし亜空間レピータを使うダイレクトワープ通信はタイムラグがなく、即時相手に届くのだ。けれど亜空間にレピータを設置し維持管理するのは難度が高い。  このような仕組みで自由主義経済のテラ連邦圏内でのダイレクトワープ通信は、非常にコストの掛かる通信方法として知られているのである。  そんなクレジットを湯水の如く使ったダイレクトワープ通信で、別室命令が空振りするなど今までありえなかったことだ。伝統ある耐乏官品のハイファにはまだ信じがたかった。それでも疲れ果てた自分を宥める気分でハイファは呟く。 「でもタルタロンガスが撒き散らされなくて良かったっていうべきかな」 「まあ、それは云えるよな」  かつて異星系で発明され使用されたというタルタロンガスは、その名の通り、まさに冥府の神である。高度文明圏の惑星ひとつが丸ごと死滅した記録もあるほどだ。  マンション街の細い道に入る。数分も走ればニック=ハリスンのハリスン掘削技術開発管理会社の事務所だ。少し離れた地点で二人はタクシーを降りる。  ゆっくりと事務所に向かった。そこは既にシャッターが閉まっていた。仕方ないのでマンションの五階に階段で上がる。自宅住所を再確認してオートドア脇のドアチャイムを鳴らした。だがリモータチェッカの音声素子に声を掛けるも反応がない。  ハイファがそっとシドに合図した。リモータチェッカと一体型のドアロック機構にリモータのリードを繋ぐ。幾つかのコマンドを打ち込むと、十五秒ほどでカチャリとロックが解けた。ドアの両脇に張り付いた二人は銃を手にする。  殺しの凶器はウィスキーグラス、だがニック=ハリスンが何らかの得物を持っていないとも限らない。二人は頷き合うとシドのスリーカウントでセンサ感知、中に飛び込んだ。 「惑星警察だ――」  叫んではみたが、人の気配がないのにシドも気付いていた。  リビングとキッチン、寝室にバスルーム、トイレやクローゼットの中まで探したが、ニック=ハリスンの姿は何処にもなかった。 「やられたか」 「まだ事務所かもよ?」  ハイファの提案で部屋を出るとロックし直し、事務所に繋がっているらしい階段を静かに下る。オートドアのセンサ感知をすると音もなく開いた。そして二人の目が点になる。朝、見たばかりの事務所は影も形もなかった。  デスクすらなく、がらんとしたフロアが暗く広がっていた。たったひとつ、電源の入っていない小さな端末が床に転がっている。  溜息をついて事務所のなれの果てをあとにし、階段のある廊下に戻って外に出て見るとシャッターには『空きテナント・入居者募集中』の小さなプレートが貼ってあった。 「ガセに踊らされてる間に逃走か。最悪だぜ」 「どうするの?」 「俺が訊きてぇが……宙港に行くしかねぇだろ」 「まさか今日の今日で帰らないよね?」 「確かめるだけだ」  タクシーで二十分、着いたフィカル第一宙港でハイファが観光案内端末から利用者リストをハックした。ニック=ハリスンは今日の昼間に出星していた。行き先はロニアだ。  ロニア星系第四惑星ロニアⅣは林立したマフィアファミリーが牛耳る星で、人口よりも銃の数が多いというのがキャッチフレーズである。  そこではテラ連邦議会が認可していない違法ドラッグや売春宿、違法カジノにルール・オブ・エンゲージメント違反の武器で遊ばせるツアーなど、平和に倦み飽きた人々にスリルのある娯楽を提供しては外貨を落とさせているのだ。  そして犯罪者がニセIDを手に入れるのも容易、インスタント整形も安価で可能というロニアはタイタンからワープたったの一回という近さにあった。
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