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第14話
市街地に戻ってホテルを取り埃をなるべく払い落とし合ってから、シドとハイファは最上階のレストランでようやく食事にありついた。もうリフレッシャを浴びる余裕もないほど、二人は腹が減っていたのだ。
「空腹は最高の調味料なんて、よく言ったもんだよねえ」
「空振って帰る侘びしさもこの腹くらいに埋まればいいんだがな」
「ごめんね、別室任務のせいで」
「お前に謝られてもな。で、別室に連絡は入れたのか? ちゃんと別室長ユアン=ガードナーの細目野郎に言っとけよ、テメェんちのコンはイカレポンチだぞってな」
ハイファも積極的に反論する気はなかった。だが事実を告げる。
「残念ながらここの軍事通信衛星MCSは四年前のカリク小惑星衝突事件で、放出された中性子線によって六基のうち半数が電磁的にシステムダウンしたまんま。上空にくる時間を見計らって送信しないと通信コストが無駄になっちゃうから」
「相変わらず世知辛い上に、テラ連邦も暢気だな」
と、デザートのクレープをつつきながらシド。
「ここは軍事的にも重要拠点じゃないし、MCSだってタダじゃないからね」
「へえ、いったい幾らくらいなんだ?」
「宇宙探査用レーダーにルックダウンレーダー、大気圏航行も可能なクルージングミサイルも積んでる。地表を狙える大口径レーザーと、これも大口径ビーム砲を二十四基束ねたビームファランクスまで搭載。勿論あらゆる状況に即した通信機器も。しめて九百億クレジット。シブいテラ連邦議会がホイホイ設置すると思う?」
「……なるほど」
食事を終えて部屋に戻るとソファに腰掛けたシドはいそいそと煙草を咥えて火を点けた。ハイファは向かいに座りホロTVを点け地元フィカルのニュースを視ている。
「ふうん、例の第一艦隊所属の練習艦隊がフィカル近辺で演習中だってサ」
「また小惑星が降ってくるんじゃねぇだろうな?」
「そういうニュースはないみたいだけど」
映像では五隻の戦艦が悠々と、フィカル第二宙港に入港するシーンが流れていた。
「あーあ、疲れた。もう眠いよ。先にリフレッシャ使っていい?」
「ああ、さっぱりしてこい」
ショルダーバッグから替えの下着を出すと、ハイファは髪を縛った革紐を解きながらバスルームに向かった。全身砂っぽく、ノーアイロン・ウォッシャブルのスーツも丸ごとダートレス――オートクリーニングマシン――に放り込む。
バスルームに入るとリフレッシャのスイッチを押す。温かい洗浄液を頭から浴びた。疲れも流れ出してゆくようだ。暫くすると湯に切り替え、洗浄液を洗い流す。それも止めるとバスルーム全体をドライモードにして全身を乾かした。
上がって下着を身に着け、ホテル備え付けのタオル地のガウンに袖を通す。
部屋に出て行くと、煙草を消したシドと交代だ。
規則正しい回転をするダートレスの音を聞いているうちに、ハイファはまた眠たくなってきた。ワープラグもあるだろう。何とか意識のあるうちにと、丁度通信可能時間となったMCSを通じて別室に連絡を取ろうとした。だが通じない。
何度もトライしていると、シドがリフレッシャから上がってきた。
「ねえ。MCSがいないんだけど」
「仕事に飽きて逐電したんじゃねぇか?」
「そんなバカな……」
「ガセ流して逃げるとは、やってくれるじゃねぇか」
思い出し怒り始めたシドには当たらず障らずで、ハイファは欠伸を洩らす。
「いいや、仕方ないから明日にしようっと」
眠気に負けてとっとと諦めたハイファは、ダブルベッドのやや左側に横になる。眠い目を無理矢理こじ開けてシドが来るのを待った。そんなハイファを見てシドは取りだしかけた煙草をソファの前のロウテーブルに置く。
ハイファの右側に上がると横になり、ハイファにも毛布を被せると左腕を差し出した。いつもの腕枕に満足したハイファは目を瞑る。瞑ったままで訊いた。
「明日帰ったら、ホシを取り逃がしたこと、報告するの?」
「そりゃあするさ」
「別室任務で……本当にごめん」
「だからさ、お前は別に謝らなくていいんだって言ってんだろ」
「それでも貴方の実績に傷がついちゃう」
「傷が付くようなモンは何も持っちゃいねぇし、七分署は捜一も機捜も、そんなことでガタガタ言う狭量な奴はいねぇから安心しろ」
「ならいいけど……」
シドは毛布の中で腕枕したハイファを引き寄せる。二人の銃はベッドのヘッドボードの棚、何かあってもすぐに対応可能だ。ハイファは余程疲れたのか既に眠りに落ちかけている。
右手を伸ばしてハイファのリモータを操作、天井のライトパネルの光量を落とした。その右手でハイファの明るい金髪の後ろ髪を梳く。
細いが温かいハイファを抱き締めたままシドも意識が途絶え出した。
そして目が覚めたのはリモータ発振でだった。二人ともに入ったそれにうんざりしながら取り敢えず振動を止める。閉めた遮光ブラインドで薄暗いがリモータを見ると六時半だ。早めにベッドに入ったので随分眠ったことになる。
「うーん。起きたのがこの発振でじゃなかったら、もっと爽やかだったのになあ」
「またガス爆弾だったらシカトして帰るぞ俺は」
そう言ってシドは抵抗を見せずにリモータを操作した。煙草の一本も吸っていないうちは、ゴネる気力も罵倒語もまだ湧いてこないのだ。
【中央情報局発:第一艦隊所属・練習艦隊の旗艦ユキカゼに便乗し帰還するローター=カルナップ食品衛生学博士をテラ本星まで護衛せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
暫しの沈黙をシドの呟きが破る。
「食品衛生学……?」
星系政府要人や軍機、軍事機密に関わる要職の人物なら分かる。だがここで何故、食品衛生学なのかが分からない。……どうも怪しいし、オカシイ。
「食品衛生学っていうのは、もしかしたら隠蔽かもね」
「カヴァーって別の人物になりすまして誤魔化すアレか?」
「そう。よっぽどの重要人物で狙われるのを極力防いでるのかも」
「ふ……ん、よっぽどの重要人物なあ。資料は何だって?」
ハイファは付属資料を開きリモータアプリの十四インチホロスクリーンに映す。
「練習艦隊はフィカル第二宙港に寄港中。二日をかけて演習しながら火星の衛星フォボスにある第一艦隊の母港、フォボス基地に戻る。僕らは中央情報局所属の二等宙尉ってカヴァーで乗艦、と。……ふうん。へえ。わあ」
「何だよ、その妙に嬉しそうな顔は」
「だってシドの宙軍士官の制服姿が見られる……」
「あのな。俺は戦艦なんかプラモでしか作ったことがねぇんだぞ。それに俺に士官サマが務まる訳ねぇだろうが」
珍しく(?)まともな意見でシドは拒否した。けれど本当に制服フェチのハイファは、明るく軽く愛し人を説得する。
「大丈夫、天下御免の中央情報局員だし護衛以外は何もしなくていいんだから」
「天下御免なあ。んで、いつ出航で何処に行けばカルナップ博士がいるって?」
「十三時出港、カルナップ博士とは現地で落ち合うことになってるよ」
「第二宙港までは定期BELで三時間弱か。朝メシ食ったら早めに出ようぜ」
「被服も支給して貰わなきゃだし。ああ、愉しみ~っ!」
一人盛り上がっているハイファを置いてシドはベッドを滑り降りた。ソファに座ると煙草に火を点ける。どうも乗らない。ガードにまで身分を隠すのはおかしい。
事実を知らなくては回避できる危険も察知できないではないか。いや、それ以上に軍艦という護られた中で更に護衛などと、却って目立つばかりだ。
そもそも食品衛生学だ。ふざけている。
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