第15話

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第15話

 着替えて執銃し二人揃ってレストランに朝食を摂りに行った。ビュッフェ形式でロールパンやソーセージ、オムレツやサラダなどをトレイに載せてテーブル席に着く。 「注意事項をひとつ。中央情報局員って下手な上級士官よりも権限持ってるからね。中央精鋭の第一艦隊の人間なら誰でもそれくらいのことは心得てるし」 「それがどうかするのか?」 「MP、憲兵隊と同じだよ」 「嫌われてるってか?」 「歓迎は表面上でしかないよ。あと、多少の嫌味言われたりしても我慢してよね」 「ラジャー」 「誰より手が早いクセに、返事だけはいいんだから」 「タダだもんよ」 「その高ーいタダのツケは自分で払うことになるんだから」  さっさと食べてコーヒーを二杯飲むと部屋に戻った。荷物はハイファのショルダーバッグのみ、チェックアウトを済ませるとタクシーに乗って第一宙港を目指した。  第二宙港までのBEL直通便が出ている筈なのだ。  BELは九時発、それまでは喫煙コーナーの住人となる。 「ところでダイレクトワープ通信で指令送ってきたってことはMCSはやっぱり正常なんじゃねぇのか?」 「あ、しまった。忘れてたよ、報告」  今のうちにとハイファはリモータを操作したが、今度もやはり繋がらない。 「お前のリモータがイカレたんじゃねぇのか?」  ムッとしたハイファは指に煙草を挟んだシドの左腕を取り、勝手に操作する。 「ほら、繋がらないじゃない」 「ンなこと胸張って言われてもな」  九時十分前になって宙港メインビルの屋上に上がった。大型BELに乗機する。第二宙港はここから南に七千キロ以上離れた別大陸にあった。  高々度での巡航速度マッハ二で約三時間の旅である。離陸して暫くすると、機内の3DホロTVでは、ここフィカルでは人気らしいコメディドラマが流され始めた。  それを二人は暫く眺めていたが、どうにも周囲と笑いのツボが食い違い、注目を浴びてしまうので、途中からは目を瞑って肩を凭れさせ合い眠ってしまった。  ふと目を開ければ機は第二宙港にランディングするところだった。お手軽である。  ここでもBELは宙港メインビル屋上に接地した。ビルの一階に降りた二人は隣接するテラ連邦宙軍フィカル第一軍港まで、様々な大きさや形の宙艦を眺めながらてくてくと歩いた。  眩しい恒星ミテラに灼かれながら歩くうちに地面のファイバの色が白からグレイに変わり、巨大な格納庫のようなドックが佇んでいるのが見えてきた。  遠近感を狂わせる大きさはドックだけではない、その前に整然と並んでいる練習艦隊もだ。 「うわ、すっげぇ!」  途端に男の子に戻ったシドは目を輝かせている。その様子にハイファも微笑んだ。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファだ。 「別室任務っつーのもまあ、たまにはいいもんだよな」  軍艦での旅がどれだけヒマでツマラナイかを知るハイファだがシドに余計なことは言わず、五隻の艦を端から指差した。 「これが旗艦ユキカゼで、五隻の練習艦隊でも総司令官たる人が乗る指揮艦。あと、この三隻が護衛艦。あっちの一隻がテラ連邦宙軍の誇る電子戦闘艦アレス。全部合わせてネレウス練習艦隊っていうんだよ。……行こ」  まだ嬉しそうに戦艦を眺めるシドを促して旗艦ユキカゼに向かう。その優美な形の戦艦は宇宙戦闘時に目立たぬようガンブルーに塗られていた。  停泊した艦のメインエアロック前には立哨が二名パルスレーザー小銃を持って立っていた。彼らに別室命令と一緒に流されてきた辞令を見せ、艦のリモータチェッカにリモータを翳すと登録済みと認識された。中に入ると同時に艦内案内図が流される。  狭い通路を何度か曲がり、これも狭いエレベーターに乗って案内図に輝点で示されている業務部まで辿り着く。ここで被服の支給を受けた。  支給品を抱えて再び歩き、すれ違う制服兵士の好奇の視線を引きずりながら、ようやく士官用の二人部屋に着く。狭いながらも洗面所とリフレッシャとトイレ、二段ベッドが備わっていてシドはホッとした。フリースペースは殆どないが贅沢を言える環境ではない。  何れにしろこのままでは何処にも行けないので、まずは着替えだ。  テラ連邦宙軍の制服は黒で金ボタンがダブルのスーツだった。袖の少し上に金色のラインが入っている。ここに来るまでにいた兵士たちは黒のネクタイをしていたが、シドとハイファのタイは焦げ茶色でこれは中央情報局員の証しであった。  広域惑星警察の制式制服が黒なのでシドはそれほど違和感を覚えなかったが、ハイファのシドを見る目はうっとりとしていた。 「シドってば黒髪に黒スーツ、しっとり似合って恰好いい~っ!」 「お前も黒に明るい金髪は映えるよな」 「ふふん、そう? でも貴方、ストイックに見えてそそられちゃうよ」 「素直に嬉しく受け取っておく。で、これから何するんだ?」 「隣がローター=カルナップ博士の部屋だよ。挨拶くらいしなきゃね」  部屋から細い通路に出ると隣の部屋のオートドア脇のパネルにハイファが声を掛けた。埋め込まれた音声素子が声を伝える筈だが返事がない。リモータチェッカに交互にリモータを翳す。ロックもされておらず、センサ感知であっさりドアが開いた。  室内には三毛猫が一匹いて、シングルベッドの上で「ニャア」と鳴いて見せた。 「博士は留守みたいだな。ペットが留守番か」 「あと十分、出航時には戻ってくるんじゃない?」 「護衛と身分詐称まで必要な重要人物が、そうそう外出していいのか?」 「良くはないけど、ほら、殺されたドクことリチャード=ターナー氏も護衛の目をくらませて遊びに出るのが趣味だったって言ってたじゃない」 「ふん。何があっても俺は責任なんて取れねぇからな」  失礼かとも思ったが、確実に捕まえるためにこの部屋で待たせて貰うことにする。空っぽの灰皿を見つけ、ひとつきりの椅子に腰掛けてシドは煙草を吸い始めた。おもむろに起き上がった三毛猫がベッドから降り、シドの膝に飛び乗って丸くなる。  カギシッポの三毛猫はオスだった。非常に大人しくも人懐こく喉を鳴らして寝ている。  二人と一匹の男は静かに待った。 「遺伝子学的に珍しいオスの三毛猫は船の航海の守り神なんて伝説もあったな」 「へえ。宇宙でも効き目があるといいね」  笛の音が放送で流され出航してもローター=カルナップ博士は姿を現さなかった。  時間ばかりがとろとろと過ぎてゆく。  一時間も待って探しに行こうと二人が思ったときオートドアがやっと開いた。  だが入ってきた人物を見てガッカリする。白いエプロンを腰に巻き白い帽子を被ったその男はどう見ても食堂の厨房員だったからだ。  厨房員の男はトレイを手にしていた。その匂いか気配で三毛猫がピクリと片耳を動かした。起き上がった三毛猫はシドの膝からポトリと降りて男の足に絡み付く。 「よしよし。今日は豪華にササミの蒸し煮と白身魚のムニエルだぞ、カルナップ」  三毛猫は両手を腰に当てた男の前でトレイの器に顔を突っ込んで食事を始めた。 「そうか、明日の昼はササミよりも白身魚か。……ところであんたらはなんだ?」  やっと会話が成立しそうな相手と出会えた訳だが、シドとハイファはその厨房員と話をするのが何故だかもの凄く怖かった。  だが厨房員は放っておくと出て行きそうだ。
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